魔王の贅沢な悩み(2)
「万事にあたり思い悩むなどらしくないと思っていたし、生まれてこの方挫折なども経験したことがない。
余は腐っても魔王である。魔族を統制し、害なす魔物を駆逐し、前途をおのれで切り開く覇道の者である」
ひたすら聞き役に徹してくれる側近に内心で感謝しつつ、スゴロクは続ける。
「自分で言うことではないが、余はこれ迄、人間界の良い面や楽しい面ばかりを見てきた。戦役の残り火埋ずむ南大陸でさえ、楽しく旅をしている」
各地の辺境に残る、領土争いや資源争いが頻発する地域に彼は、足を踏み入れてこなかった。存在を知り確認していながら、逃げてきたと言ってもいい。
未だに人間同士が争い合っている現実は、よほどの事がないと変えようがないのだ。
「喧嘩は好きだが戦争は好かぬ。勝手なことだとは思うが」
「うーん……」黙って聞いていたロデルは、唇をちょっと尖らせて言葉を選ぶ。「ご心配はもっともなのですが」
スゴロク様はお優しい方だと、あらためて実感する。だが、少しばかり優しすぎるのかもしれないとも思う。
世界に対する愛情が強すぎるほど強い、『魔王』としては限りなく異質な人物像。自分はその異質さを愛している――ロデル=カッツェは、ようやくにして理解した。
だからこそ堂々と思いをぶつけることが出来る。彼にとっても自分にとっても必要なことなのだ。
「人間界には『勇者』が在ります、冒険者達も活躍して居ります。人間も亞人も自立しています。われら魔王軍と同じく、いくさなど些事でありましょう。
わたくしはスゴロクさまの優しいのが大好きですが……少々、ご心配が過ぎるのではありませんか? 目に余るようなら軍をお呼びいただけばよいだけのことですし」
「そう……だな。いつの間にこれほど臆病になってしまったのか」
「それを臆病だとは言わないのですよ、スゴロクさま」
有無を言わさず抱きつく。「やさしい、と言うのです……」
首に腕を巻き付け、息がかかりそうな距離で見つめる。紅の瞳孔に魔法文字が刻まれているのを発見する。
駆り立てる胸のうちの炎が、心音と重なって加速していく。「大好きなスゴロク様。どのようなことをなさろうとも、わたくしだけは貴方様を否定いたしません」
それではダメですかと囁き、強引にキスをする。
衝動に負けてばかりだ。シェリーさまにも注意されていることなのに、どうにも制御できずにいる。
半獣の本能を言い訳にしてしまおうか――それとも、第二の月の満月が悪いのだと言ってしまおうか。
恥ずかしいやら愛しいやらで、頭の中が少々錯乱している。それが厭でないからたまらない。
燃え上がる『炎』を悟られまいと、彼の腕の中で月を指差してみる。とっぷりと闇に包まれた魔界の空に、憎たらしいほど美しい輝きが傲然と在る。
「あの月を取ってきてくれとわがままを言ったら、聞き届けてくださいますか?」
「余は勇気ある王で在ろう。お前のためならば」
微笑んだ魔王が応える。覗き込んだ瞳にもう迷いはなかった。
前へ、前へ――彼の背中を押す『風』をかすかに感じる。
「わたくしのために、わたくしの大好きな貴方様で在ってくださいませね」
「相分かった。まこと、かたじけない」
もういちどキスをねだるのを、ロデルは我慢しなかった。
2016年 02月24日 14時54分 公開




