南へ
東の辺境より南への道は、これまでの旅路でも特に奇異なものであった。
いかなる理由か、大陸を隔てる海があわれにも干上がり、無辺の砂漠となって二つの大陸を繋いでいた。滅びの光景と言ってもよかった。
「これほどとはな……人間界の皆々は、なぜこれを知らぬのか」
「知らぬ方が良いことも、あるかと存じます……」
大地そのものが悲嘆に暮れているように、ロデルには思われた。
『魔王の力』ならば、この地と東大陸との境界線を覆っていた力の種類も判別できるのだろうけど、彼が黙っていると言うことは、まだ聞いてはならぬと言うことだ。
嗚呼、ではなぜ、こんなにも胸が痛むのだろう? どうして自分はこれほど悲しい気分になってしまうのだろう。どうして前が、父上の背中が滲んでいるのだろう?
「少し休もう」
同じ思考がぐるぐる回る頭に、気遣わしげな声が響いた。同意して振り向き、歩く。
不可視の力が覆う境界線まで立ち戻り、後にしてきた景色を見て気分を落ち着かせる。
「10歩も戻れば、これほど美しいと言うのにな」
「はい……理由がわからないのに、わたし、泣きそうで……なんで急に、こんなっ……!」
「大丈夫だ。余がついている」
スゴロクには、すでに大体の事情が分かっていた。
先ほどの『力』は、深層心理に作用して原始的な恐怖や理由もない悲嘆を呼ぶ起こさせる、一種の結界である。
ロデルのように感受性豊かな冒険者たちは、何割かがここで旅路を切り上げてきたはずだ。
踏み入ることが正しいのかどうか――強靭な精神力を持つ魔王スゴロクでさえ、迷いを生じてしまうのだから。
「どうする。進も退くも自由だ」
これより戻って夏休みの続きでも良いのだと提案するが、猫娘はふるふると首を振る。「一緒にうたいのです、スゴロクさま」
「強い子だ、ロデル」
ローブの裾を引っ張る手をとり、優しく繋いで前を向いた。
ぬくもりを感じながら目を閉じてみる。背を押す風はやまない。おのれがくじけぬ限り、追い風は苛烈に吹き付けるだろう。
この娘と共にそれを受けて進みたいと願うのは、贅沢なのだろうか?
「行こう。悪いことにはならないはずだ」
「はい。割ることにはなりません。それだけは分かります」
まじないのように復唱したロデルは涙を拭うと、魔王の手を強く握って両足に力を込めた。
一日千秋の思いで、荒涼たる砂漠を進むこと暫し。砂をものともしない魔の黒馬が、たくましい背に烈日を受けてあらわれた。
2016年 01月19日 11時13分 公開




