魔王の誘い(2)
「東には独自の文化が開花していると聞く。余も楽しみにしておこう」
今度はお前の話を聞かせよと水を向けると、「そうですね、何からお話しいたしましょう」にこにこと思索して、
「そうだ! 人間界の中央大陸から旅人さんが来られましたよ」
「ほう! それはそれは。歓待したか?」
「もちろんです。大変に気のよい方でした。山岳民族の傭兵だそうで、グィスパ様とすごく気が合ってたみたいなの。今度息子さんと一緒に遊びに来ると言っておられました」
鳥人の猟兵(野戦に優れる弓騎士)部隊を率いる伊達男は、軽薄な物言いをするが人を見る目は確かだ。
幼い日のロデルに破格の才覚ありとスゴロクの次に見抜いたのは彼である。
「それでね、その方が仰るには……人間界のどこかに、不思議な湖があるらしいのです。一般に売られている地図にはもちろん載っていません……「オレが見つけたスクープだ!」と仰って」
興味を一気に引かれた魔王は、「その男はどのあたりを旅したことがあると?」好奇心を隠さずさらに尋ねる。
半猫は未来の夫が食いつくことを予測していたかのようにニヤッと笑い、「確か……東の大陸の、辺境だとか?」
「んむ。さては狙っておったな? ロデル=カッツェ」
「さて、どうですかね。確かに大体の位置は聞き出してますけど」してやったりのウィンクが、猫のような目に良く似合っていた。
こやつめ、とか言いつつ、真っ赤な癖っ毛をわしゃわしゃとやる。――直接ついて行きたいと言われるより嬉しかったりする。
生真面目さだけでなく悪戯心も持っているのは、愛すべきバカ(褒め言葉)が揃った魔王軍で愛されて育ったからだろう。
「今日は昼から、この国の冒険者ギルドに顔を出そう。わが国初の『冒険者』誕生であるな」
「スゴロクさまとお揃いですね、うふふ」
「ああ。許可証のデザインは選べるから、可愛いのにすると良いぞ。それからもうひとつ……ロデルとは約束をしていたな」
娘を降ろしてから立ち上がり、荷物を探る。ややあって、「これだこれだ」幌布で包んだ一振りの剣を取り出した。
うやうやしく跪いて受け取った猫娘は、まじめな顔をどうにか作って幌を解く。「わぁぁっ……!」真面目な近衛騎士の顔が吹っ飛んだ。作ったばかりだった。
身軽さと小柄な体格にあわせた拵えの剣である。魔王がその手で魔法鉱物を極限まで鍛え抜いた堅固な剣身に、獰猛なパワーを丁寧に封じ込めて作り上げた。
離れた相手に呼びかけ招き寄せる『招集』までは出来かねるものの、ジェシー少年に与えた魔剣のノウハウを活かしているので、威力や扱いやすさは保証できるものとなった。早くも豊かな魔力に反応し、鞘を通してさえ幻想的な燐光を放っている。
「今あらためてみるか。力なら余が抑える」
「ありがたき幸せ!」
美しい黄金色の鞘を静かに払った。白銀の剣身が姿を見せる。軽く鋭利な片刃のショート・ソードは異様に軽く、手の延長のごとく持ちやすい。
使い手の魔力を引き出す、魔族が武器を作る(!)際に好んで用いる魔法文字が刻み込まれている。剣の扱いより魔法を得意とするロデルにはまさに最適の武具であった。
「いまは隠してあるが、余の力を強めに込めてもみた。相手を選んで使うと良い」
「わたくしは……いつも貴方様に守っていただけるのですね」
「ああ。お前が必要とする限り、いつでも余が共にあろう」
ロデルは嬉しそうに微笑んで頷くと、静かに剣をしまい込んだ。
ぼーん、ぼーん――不粋な大時計が、鳴った。
2015年 11月19日 11時45分 公開




