北の魔境の洞窟で(2)
夜。
鋼蠍族の長と会見を終えた彼は、上機嫌で広い湯船に浸かっている。結界を少々強めるだけでもチリひとつ寄って来なくなるが、風呂の魅力には勝てない。
「スゴロク殿、カンは如何か。俺でも入れるかね」
低く渋い声が大浴場に響き渡る。
「ヴォルフはぬるま湯が好みだったな。心配ない、浸かると良い」
「ありがたい。戦いの後は風呂に限る」
狼の血を色濃く残す半獣の将軍ヴォルフガングは、スゴロクの腐れ縁の友でもある。
かかり湯を素早く済ませてだばんと飛沫を上げたのへ、「呼びつけてすまなかったな」魔王は労いの言葉を掛けた。
「何を言う。俺は貴殿の部下であり友だ」大体俺も温泉には浸かりたかった、と笑う。豪快な大丈夫として知られている。
「ありがたい。今後も頼む」
「ああ。それよりスゴロク殿、例の計画だが」
「ロデルから聞いている。順調なようだな」
ヴォルフガングは彼の妻ライザやローレンス、シリルらと共に、『ワンダーダイス』計画全体に関わっている。
「順調そのものだ。いないうちに進んでたまげているだろう」
スゴロクが彼を驚かせるものや面白がらせるものを何より重んじていることなどは、腐れ縁の中で充分承知である。
ゆえ、彼には黙って計画を進め、適宜ロデルがそれを報告するという流れが完成しているのだった。
「ああ。魔法学園の理事長から店の名を聞いたときは驚いた。地図を送ってから何日も経っていなかったろうに」
「グィスパのヤツが面白がってな。地図が届いたらすぐに部隊を派遣して、地理や需要を確認して回っているんだよ」
お調子者の隼翼族らしいと、スゴロクは思う。請われて弓を教えたこともあった。少し教えればすぐに上達するのが魔族であり半魔族だが……。
人間は同じ特異性を持つ者を俊英とか天才とか呼ぶのだ。潜在能力に気づきにくい種族なのだろう。ないように見えて、ふたつの種族には大きな差異がある。
「ヴォルフガングよ。お前は人間界について、どう思う」
「どう、と言われてもな。やはり魔界とは違うと思うくらいだがな。繁栄する種族にふさわしい社会だ」
ライザがそう言っていた、とオチをつけ、戦士は武骨ながらも王を笑わせてみせる。
「俺は妻や貴殿ほど深くものを考えないが、スゴロク殿。気楽に構えていた方が良いこともあるんじゃないか?」
「そうだな……ときに部隊の者は」
「宴会継続中だ。あの野郎ども、まだ飲み足りねぇらしいぜ」
「ふっ、違いない」
ひとしきり風呂を楽しんだ魔王は、「ロデルを労ってやれよ」ヴォルフの少々ひょうきんな言葉を背に受けて、大浴場を後にした。
2015年 11月13日 12時01分 公開




