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魔王、夏休みを検討する

 翌日の夜である。

「兄上、よろしいですか?」

 『ワンダーダイス』人間界支店・第二号店の開業を祝う小宴会を終えて私室でくつろいでいた魔王は、異母妹のおとないを受けて破願はがんした。

「失礼しますね……おや、あんがい綺麗きれいじゃないですか」

「どういう意味だそれは。余とて妻に気ぐらいつかうわい」

 以前のように足の踏み場もないとロデルが困ってしまうのだ。部屋の中に敷居しきいを設けるような寂しいことなどしたくない。

「はい、ごちそうさま」

「お粗末そまつさまだ。飲むか」

「いただきますよもちろん!」

 魔王は苦笑いしてテーブルにくと、人間界から仕入れた美酒を開けた。シェリーと話すなら酒をみ交わすのが一番手っ取り早い。

「兄上、ロデルは? ご飯を食べてから見ていませんが」

 魔王は薄く笑って、広い部屋のすみの大きなベッドを指差す。眠ってしまったらよほどのことがない限り起きない娘である。

「ああ……少し疲れているのでしょうね。本人は言わないけど」

「無理をさせているかもな。商売など始めると、何かとしんどいものだ」

 軌道に乗れば何てことない、と言うのは某国王の言葉であり、魔族たる魔王軍の実感でもあるのだが。

「シェリー、どうだろうな。少しねぎらいの期間を持つと言うのは」人間界には『夏休み』なる制度があるらしいことを、魔王は確かに記録している。

「いいと思いますよ。ちょうど夏の盛りですし――身体はともかく、私たちにとっても精神の充足じゅうそくは大事なことです」

 魔界の四季はそれぞれ人間界と少々異なる。

 春は一ヶ月短く、烈日れつじつの夏はその分長い。秋の実りは芳醇ほうじゅんだが、吹雪ふぶきすさびてつく冬がちょうど一月ひとつきほど侵食している。

「人間界の北大陸、『北海』地方は観光業が盛んと聞く。皆で温泉にでも入ってみたいものだ」

 魔界にも温泉地はあるが――色々とすさまじい環境なのでスゴロクの軍でもたどり着けるか不安である。一か所でも制覇せいはできれば魔界全土から尊敬を受けるだろうと、昔からの語り草になるほどだ。

「では、これから人間界で温泉地の開拓かいたくをなさるの?」

「うむ。ちょうど北へ向かおうと思っていたところでもある。人の生活圏せいかつけんを邪魔しない島の一つや二つもあろう」

「『北海』には古い知り合いがいます。尋ねてみてくださいます?」手紙とか来るから元気だと思うんだけどね、と言って意味深いみしんに笑う。

「前から思ってたが、お前色々知ってるな」

「私は生粋きっすいの冒険家ですよ? 知識は負けるけど、お兄ちゃんよりは……あ」

「ふ、酔いが回ってきたか」

 人間と龍族の血をそれぞれ引く母違いの兄妹きょうだいであり、かつては少年と少女であった兄妹である。

 幼い頃からベタつきはないが、生まれてこの方ケンカなど一度もしたことがない。

 加えて、シェリーは杯を重ねている。『吸収』の魔法――スゴロクが帝国の騎士団に使ったアレだ――を用いて、酒の成分をそのまま魔力に変換しても居る。

 空気中の魔力を吸い上げて超再生をもたらし、『龍族の秘策』とも呼ばれる荒業あらわざだが、彼女は無意識に行う。

「酔っ払うと昔の口調が出るくせ、直らないのか?」

「ほっといてください。今復帰します、私は話をしに来たんですよ話を」

 取り込んだ酒気しゅきをすべて魔力に変換すると酔いは覚める――いよいよ人外じんがいだが余計なお世話か。

「はいはい。で、何を話したかったんだシェリー」

 ふと考えてみたんですがね、シェリーは言って息をつく。「どうして、人間は魔界に興味を持たないんでしょう。私たちの店をかいさずとも、冒険に来ればいい話なのに」

「ふむ。まあ、お前や軍の皆々からすれば当然の疑問であるか」

 常識が異なれば、互いに見当はずれな疑問も出ようというものだ。魔王はなるべく簡潔に、現在の『勇者』という立場について説明した。

 特段、人間と言う種族が弱体化したとはスゴロクには見えない。かの戦役からこっち復興に精を出していたり、第四の月が光れば魔物がところ構わず湧き出してその駆逐くちくに追われていたり……と。

「魔界に至ることを考える暇もない、と言うのが正直なところだろう。此方こちらには未だし彼の地へ攻め入る馬鹿共ばかどももいるしな」

「ならばこその『勇者』ですか。得心とくしんしました」

 シェリーは納得顔で結論付け、上質な紙を取り出してサラサラと記した。『不朽ふきゅう』の魔法文字を透かし入れてから渡す。

「北方の知り合いに見せれば、私の名前で色々できるはずですから。――ヘンなことしちゃ駄目だめですよ」

 頷くと、用事は終わったとばかりに大きなあくびを一つする。

「ふぁー眠い……明日から少し外出して来ます。二、三日したら戻ります」

「龍人部隊には周知しておく。気をつけてな」

 おやふみぃ、とあくびをもうひとつして姿を消した異母妹を見送って、そっと寝床に横になった。

 起こさないように未来の妻の頭を撫でてやり、スゴロクの夜は更けていく。

2015年 10月30日 11時56分 公開

2015年 10月31日 09時15分 誤字修正

2015年 11月01日 09時34分 脱字修正

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