魔王、旅路へ
「よいから。こちらは気にしておらんから……。様々な国を回るに当たって、想定がなかったわけでもなし」
「臣の非礼はわが非礼。客人にこのままご退出されては、私の気が済みませぬ」
「むぅ……。済まないことだが、できればミーナ殿、余としては対等に話をさせてもらいたいのだ」
皇帝が跪くなど見てはおれンではないか、と説き伏せると、ようやく女帝はかんばせを上げて立ち上がり、玉座へと戻る。
「あれらの如き者は未だ多いのですかな」
「把握しきれていない部分もあれど……騎士団を私に無断で動かせる程度には。急速に魔族との融和政策を進めたせいか、年寄りの頭までは納得させられていません」
「ふむ、なるほど。であれば……早急に『勇者』を選出されるが良かろう。最初の者はそうだな、古き考えにも、そして陛下、あなた方の考えにさえ染まぬものが良い。堅固で誇り高い国風からそういう者が出てくると、『魔王』としても面白いのだ」
小難しく話してはいるが、明るく飄々(ひょうひょう)として物事に囚われない、自分のために剣を振れるような人間を選べ、と言っているに過ぎない。
今のところ二人ほど心当たりがいなくもないけれど、彼女等は彼女等で忙しくしていることだろう。
「要は特定の思想のもとに行動をとらぬ者ということか。人間の味方にもあらず、魔族の敵にもあらず」
「英雄的な活躍をする者の言葉は人心を打つだろう。魔族らの思考を把握などできはしないが――なに、少なくとも強き者を拒みはしないさ」
「私の知り合いもそう言っていたな……助言を仰いでみよう」
「そうなされ、魔族は味方にすると頼もしい。貴女がよき君主であろうとするなら、先も申したが、余も協力を惜しまぬ」
「重ね重ね、感謝のしようもない」
「このようなことは誰にでも言える、いま少し楽に構えられるがよかろ」
「もしも、貴殿のような方が父上であったら……ふふ、私ももう少し気楽な人間だったのかも知れん」
溢れんばかりの力と自信と決断力を持つ男の鷹揚さに半ば憧れを持ちそうな自分を内心に確信しつつ、皇帝は切れ長の吊り目を細めて言った。
「父性は――男は信用ならぬかね? ミーナ殿」
市井に紛れる際の名を持ち出されては、真面目な皇帝も苦笑と共に本音を話すよりない。
「とも言い切れませんが、なにせ物心ついたときにはこれなる美姫と親しく友誼を交わしておりましたゆえ……。人間界の価値観から言えば尋常のことではない、というのも分かってはいますけれど」
ぼん、と音がしそうなほど赤くなった近衛騎士は、照れくさそうな沈黙を深めるだけだった。
ここで魔族の価値観を容易く持ち出すほど、鈍感なスゴロクとて野暮ではない。
「善哉」と静かに笑んで、「その話、シャルナカーラ殿にも打ち明けてみると良い。余などよりよほど頼りになる」
怪訝そうに頷いた皇帝は、向かうならこの大陸の北側がいいだろうというようなことを述べた。
亜人の多い地域で、魔法文化華やかなること『剣の帝国』以上であり、そのまま北方大陸へ向かうルートも幾つかあると言う。
人間界の民に対して不実な地図も、ヴィルヘルミナにかかれば容易く補うことができるようだった。
もしかするとスゴロクと似たような志を持って、魔族を含む冒険者の往来を奨励しているのかもしれない。
「次にお会いしたら、貴女の冒険旅行の話などもお聞きしたいものだ」
「無論だ。貴公がわが国の『勇者』に凹まされなければな、スゴロク殿」
楽しみにさせてもらうと嘯て、魔王は皇帝の居城を後にした。
2015年 10月28日 11時07分 公開




