北大陸にて
魔導大陸、と呼んでも決して劣らぬ魔法文明が、その大陸には華開いている。
氷雪と冷たい波に閉ざされた常冬の大海『北海』がもたらす寒波は一年を通じて気候を左右し、烈日いまだ残る晩夏をしてなお清涼なる秋の美声を感じさせる。
ピクニック日和の長閑な好天の中、魔王は大陸随一の大都市に降り立った。昼下がりである。
北方大陸を語るにおいて外すことのできない特色は、何と言っても大陸全土に張り巡らされた鉄道網だ。
地図うんぬんを気にしない豪快さ(もちろん実力も)を持つ開拓者たちのアツい魂の記録は1冊1200ゴルトで販売中。
「ふぅむ、大変に便利なものであるな……」
西大陸北部を占める魔法王国でその存在を耳にし、その港からの長い航路を来た甲斐があったというものである。
首都以外の都市に小さな砦や小屋を構えるだけでも多数の人員を必要とする(防衛や維持管理含む)上、その拠点の間に特殊鋼のレールを敷設して乗り物を整備しなければならない鉄道事業は、今まで辿ってきた人間界の国はもちろん、魔界においても成し遂げた国が存在しない。『ガジェット・ベース』の女主人が「先を越されたんですよぉ~!」と悔しがっていたのを思い出す。
莫大な魔法エネルギーで巨大化された『扉』を通じて異世界よりもたらされる超技術は未だこの地のほかに流布してはいないようだ。
百歩譲ってそれを差し引いたとしても、――これほど発展しているのは、魔物を完全に退ける結界や気候調整ドームなど、魔法と機械が完全に調和した完全に調和した独自の文明があってこそだろう。これまでと一味違う冒険が楽しめそうだ。
『スティション』の構内で買い求めた弁当をじっくりと味わいつつ、旅日記に経過と期待を書き込んでいく。
テーブルの対面から「リンゴどうかね」と差し出された声に顔を上げる。灰色の瞳は相変わらずエネルギッシュな光を宿し、潔い総白髪が却って洒脱に見えた。
「あの折はお名前もお聞きせず失礼致した、オババ殿」
「や、気にしてはおらんよ。旅は順調なようだね」
シャリシャリと清涼な音をさせつつ話すこと暫し。アオイと名乗った老婆は、「お茶でもご馳走しようかね」と柔和に笑って立ち上がった。
やたら元気で発散する魔力の大きいばあさんである。『魔眼』で見なくても分かるほど只者じゃない雰囲気バリバリである。
性格上謎を謎のままにしておけない魔王は、最寄りのスティションがないのをいいことに、道すがらでそのことを尋ねる。
若返りの魔法やら『再生の秘法』やら使いまくって、人間界の暦でざっと250年は生きているのだそうだ。
かつて人間界を背負って立った『勇者』らの一員で、最初にこの地に攻め込んできた『魔王』(要はいちばん悪いヤツ)を撃ち破ったと言う。
時間の縛りを離れて長いことこの世界に留まっていることを苦々しく思いつつも、「気になるもんじゃろ、世界のその後ってのが」
以上の理由から、今は古代のリンゴを売り歩きつつ、何処にでも行ける『扉』(こちらは古代の超技術)で世の中を見て回っているとのことだ。
「『魔王』倒せば役目は終わり、あとは知らん――なんて、ちょいと無責任だと思わんか?」
「確かに……」
2015年 10月31日 10時35分 公開




