西の皇帝
「つくづくタフな方だ、ヴィルヘルミナ殿」
「そちらこそ。ウィノナやシュカを飲み潰せる男がいようとは、スゴロク殿」
政治的に冷遇されてなお国に冠たる実力と誇りを持つ帝国騎士団は、昨晩の宴において名誉の負傷者を出した。
ぴらりと示して見せた副団長ウィノナ=シュトルムの私的な欠勤届にはこうある――すっげぇ二日酔いです、ミーナ様ごめんなさい。
「ふっ、まぁな。……楽しき宴であった。気のいい連中ばかりだな」
「私の自慢さ。決して貧しくはないが富める者も少ない、現状を何とかして見せたいものだが」
「『中央大陸』の商業都市をご存知か。かの国の重商主義を参考になさってはいかがかと思う」
「今のところ『扉』を介しての接触のみ。……貴公は地図を作っておられたな。ふ、商売がうまい」
ニヤリと口角を上げるが、スゴロクとて何も商売っ気だけで提案したわけでもない。
たった一晩、たった一度の宴会ではあったものの、そこに集まった連中は実に興味深かった。
精査を行っていないし行うべくもない(それは皇帝の仕事だ)が、皆が皆、何かしらの一芸に秀でていたのだ。
「古きいくさの傷癒えず、周囲は決して平和ならず、資源とておそらく乏しい。だが、この国には人が居る。秀でた人材が居る」
夢見るような『王』の口調で、スゴロクは続ける。「騎士団も、街の職人衆や商売人、おそらく家庭人もそうだ。何がなくてもやっていけると思いませぬかな?」
気障な男だ、と表面上は呆れてみせるが、女帝のまなざしは優しい。「ときに、スゴロク殿。貴公は夢をお持ちか」
「夢……そうですな。いま現在は、この広く大きな世界の、できれば全貌を掴むこと」
「如何に魔王とて大変なことだぞ、それは……」
「承知。だが、夢は大きければ大きいほど良いのだ。内政のドロドロはあろうが……貴女にも見失って欲しくない」
「ふっ。貴公の気障さは天然と見た――この私にさえ眩く見える。好ましい」
生粋の女色家である旨。昨晩の酒精を駆って公言した女帝は、なおのこと穏やかに笑む。
奔放な情動に枷をしていない魔族ならどれだけでも集まってきそうな微笑であった。
「大っぴらに手を貸すわけにもいかんが、わが国や友好国でヒマしとる連中を派遣してみようか。見とると放っておけん。その肩の荷、少々重いとお思いではないのか」
「困ったことだ。まるきり図星だよ、はははは!」質実剛健な印象の謁見の魔に、女帝の哄笑が響く。これだけはいかにも豪胆な君主そのものだ。
「ぜひお願いするよスゴロク殿。失礼ながら貴公、『魔王』にしては優しすぎるようだ」
「どうも、そう言われることが多いのだ。有名無実の放蕩君主らしく、旅を続けるとしよう」
「近づきの印に、これを」
仰々(ぎょうぎょう)しくて苦手だと言っていた玉座から立ち上がると、『剣の帝国』の紋章が刻まれたコインを手渡してくる。
「旧帝国領内の独立国すべてで使える通行手形だ。いちいち職務質問されていては勇者も冒険者もやれたもんじゃないだろうからな……。不躾ついでにお願いしたいことがあるが、良いだろうか」
「ひとつまで、などとケチな事は言わん」
「暫くの間でよい、わが国を拠点に冒険旅行をしていただきたい。民の誰もがあこがれを持つような」
「ご依頼はお受けするが、旅の手本としてはどうだろうな、なにせ『魔王』だし」
「ふん、言うじゃないか」
女帝は鼻を鳴らすと、君主の顔を作って言った。そろそろ執務時間らしい。
「では、『賢者』殿。どうか冒険を楽しんでくれ」
「委細承知。では陛下、御機嫌よう」スゴロクは気取って一礼すると、悠然と踵を返した。
2015年 10月13日 11時31分 公開




