魔王、さらに進む
今さらの感も否めぬが、スゴロクは旅に費やした日数を省みた。一ヶ月を四つの月が一周する二十八日間と完全な新月の三日間で区切るこの世界の(こよみ)は、概ね三ヶ月ごとに違う季節の装いを示している。
こころざしを得て『始まりの街』を訪れたのは、うららかな春のことであった。長逗留した商業都市を発したのが雨季を挟んでの初夏――風土の違いはあれど、西方大陸の夏の盛りもやはり「……暑いな」
帝国首都を辞して暫し、旧帝国領の何か国かとぐるり接する国境地帯を目指して歩いているが、いかんせん暑い。しぶしぶ魔力を用いて冷気を起こす。
歩いている間じゅう魔力を開放するのは丼ものを食べながら走るのと同じことだし、何より風流でないから、彼はこの方法を好いていないのだった。
魔力制御装置が働いている証左なので喜ばしいのがますますいけない。手加減が達者なグィスパに本気で習ってみようかとさえ思われる始末である。
愚痴を言う相手も持たずに来たせいか、森林と山を望む雄大な景色を見る余裕をなくしかけて、「いかんいかん」首を振って歩みを緩める。
暑ければ木陰を頼って歩けばよし――いつだかすれ違った旅の弓使いの言葉がよぎり、魔王は彼女に倣ってゆっくりと進む。木陰の恵みを身体一杯に歩くことしばし。
「おお、着いた着いた」
砂干しレンガの建物に入り、とりあえず冒険者カードと通行手形を係員に見せて古帝国領内での自由を確保。
冷水を給仕てくれた少年と少女(何かカップルっぽい)と話し込むうち、現在の帝国と旧帝国領との関係性の一端もつかめた。
人魔戦役で功のあった勇者や騎士が広大だった帝国領をそれぞれ拝領し、概ね二百余年の間守り継いできたという。
特色ある騎士領の中でもおもしろいのが代々『機械』を研究する家系で、その居する砦を『ガジェット・ベース』と呼ばれているらしい。
「勿論、ぜんぶの騎士領が帝国を支持しているわけでもないのですが」生真面目そうな少年がため息をつく。
「戦争好きの者どもと通じて帝位を狙う輩もある、ということか。困ったことだ」
「混乱を招くわけには参りませんから、良識ある領主さま方が牽制しておられます」
少女の言いようを勘案すると、絶妙なパワー・バランスで平和が保たれていると言ったところか。
戦時中でもあるまいし、わざわざ簒奪など狙わずともよい――と思うのは、きっと魔族の勝手であろうな。
胸中で苦笑して立ち上がり、「馳走になった。暫し騎士団領を回ってみよう」立ち去ろうとすると、意を決したかのような声に惹き引き止められた。「どうされた」
「そのぅ……スゴロク様は、商人でいらっしゃるのですよね? お噂が帝国から飛んできてまして」
生真面目を絵に描いたような金髪の少女は、他者に要求するということに慣れていないのだろう。
「おお、左様か。何をお求めかな」
各国の名産品や魔界の珍しい物を適当につかみ出すと、少年も歳相応に目を輝かせるのだった。
2015年 10月14日 09時39分 公開
2016年 05月01日 09時46分 誤字修正




