よりみち魔王
「……手つかずの島が、こんなところにあるとは」
シー・オターを目指した航海の途中で引っかかるような感覚を覚えた魔王は、水夫たちの許可を得て無人島群のひとつに上陸していた。
小さな島は、西大陸へ渡る航路は勿論、交通や交易で使われるあらゆる航路の外にあった。取るに足らぬ孤島である。見かけだけは。
「スゴロクさぁ~ん……やめときましょうよぉ」砂にしては堅い感触のする浜辺を、イルカ娘は文句を言いながらついて来る。
留守番をするかと問われて、これにも首を横に振る。
「行かぬも怖い行くも怖い……とんでもないことになったなぁ? クックック」
「うぁーん、頼むんじゃなかったぁー」
「まあそう嘆くな――いいものを見せてやるから」
「ふぇぇ、ホントですかぁ?」
「このスゴロク、嘘はつかぬ。ハッタリは好きだが」
答えた魔王は愛剣の幌を解き、呼びかけた。
「ローレンス。来い!」
午睡から目覚めたばかりの龍人は油断しきった顔で現れた。「何だァ騒々(そうぞう)しい……」
眠りを邪魔された美少年にしか見えない。ディルフィーナは目をまんまるに見開いて黙っている。
「これはローレンス。余の友であり部下である。龍人族を見るのは初めてか?」
娘は動かない。
先に用件を済ませようとの友の提案に従い、魔王は杖を持ち出して掲げた。短く詠唱すると、砂浜に無造作に突き立てる。
「あ、あわわわわ~!?」
ディルフィーナの驚嘆もむべなるかな。砂地が流砂の如く渦を巻くなどはなかなか見られる光景ではない。
「吃驚するのもわかるが、先へ進もうぞな娘さんや」八重歯を見せて笑むのに続き、娘も歩き始める。
鋼鉄製の階段を下り、長い廊下を渡った。島の地価は巨大な空洞で、浜辺がもうひとつあった。
魔王は無造作に杖を振り上げると、そのまま海中へ投げ込む。「ローレンス!」
「やっとるよ!」
龍人が杖を振り回す。龍の咆哮が水面を打ち砕き、隠されていた建造物が姿を現した。『潮の民』の少女が口元を覆う。
「艦だ……これ、オルカ級の高速戦艦だよ~!」
「よく知っているな、ディルフィーナ嬢」
『潮の民』は一度だけ『魔王』の襲撃を受けたことがある。古龍ローレンスが若き賢者としての名を広め始め、魔王スゴロクが即位して間もない頃の話。
魔族にとって歳勘定は意味をなさないので正確なことは魔王にしか分からないが、人間界で言えばだいたい140年くらい前だ。
魔界の覇権主義国家が資源豊富だった人間界の海浜地帯に目をつけ、攻撃を企てた。
超巨大居住艦シー・オターが建造中だった『潮の民』はスゴロクの国に援護を要請し、急速に防衛能力を得た。
「あの時は突貫工事で大変だったがなぁ」古き龍の一族は感慨深げに呟く。「このオルカ級は僅か10隻であった。『潮の民』はよく戦った」
「え? えぇ……じゃ、じゃあ~……」
ディルフィーナが読み心躍らせた古文書に記された数々の異名は、ただ一人の龍人を指していた。『無傷の軍師』、『魔を撃つ大槍』――。潮と龍の民を前線で指揮してたった三度の会戦で魔物の大群を退け、覇権主義の『魔王』を叩きのめした魔法戦士。
「あ、あああ貴方が――『最も強き賢者』ぁ~!?」
「実際はそうでもないけどな。さて、手土産も出来た。いっぺん帰ろうやスゴロク殿」
「そうだな。もっともっと驚かせてやろう。魚もたんまり頂いた事だしな……」
もういいです~とか叫んでうろたえているが知った事ではない。二人はワルそうな笑みを浮かべて大規模転移術を発動させた。
2015年 09月26日 10時00分 公開




