船、完成
それからわずか5日後。
「どうにか漕ぎ着けたのである。船だけに」
水夫ギルド所属の船大工や彼らが連絡をつけてくれた諸島部の『潮の民』の強力な援護で完成した真新しい木造船の甲板上で潮風を受け、魔王は上機嫌だった。
当面の路銀を使い果たしてしまったが、この新造船のオーナーとなることで海路の足は確保された。依頼に乗ずる形となったが、ディルフィーナも快諾してくれたので素直に利を取ることにしたのだ。
「誰がうまいこと言えと~」こちらも上機嫌で丸い目を糸のようにする娘は、のんびりと歌うように言った。
陸に上がった時とは違い、活力と自信が溢れて見える。『潮の民』の故郷はこの大海そのものなのだ。
各地の海岸や島で生活していた彼らは、絶海の孤島で発見した巨大な要塞に同種族の者たちを集めて国を作り、故郷たる大海を漂っている。故に、特徴の違う亞人が集う社会でも秩序と平和は保たれ、大きな争いを起こすことも巻き込まれることもなかったと聞いた。
「ディルフィーナは何故、陸に上がろうとしたのだ?」
「シー・オターは楽園です。とても平和で、幸せな場所。でも……あたしは何も知らない。ふるさとのことも、世界の事も知らなかったんです」
勇気と好奇心と短剣とお気に入りのワンピースを友に小さな船で旅立ったものの、「陸地までもうちょっとってところで、嵐に遭っちゃいましてぇ」
ぶっ壊れた船の破片で漂流し、どうにか都市国家の港までたどり着いたらしい。
「身体も心も強いのだな。家系か」
「な、なぜそれを~?」
「余には分かるのだよ、フフフ」
お洒落だからとロデルに勧められた眼鏡の奥で瞳を細める。掛けている間は全力を出すなと言うことだろうと解釈しているが、それはそれである。気に入れば使うのが彼の流儀だ。
「恥ずかしながら、『潮の民』の始祖の家系なんです~」
何を恥ずべきことのあらんや。呟いたスゴロクは洋上を睥睨する。「この大海で嵐に遭い、それを苦にもせず乗り切る。それの何処が恥だというのか」
「あたしは落ち零れだったんですよ、海豚の一族はシー・オターで二番目に頭が切れるんですがががー」
『楽園』と呼ばれる国に暮らしていても何がしかの悩みはもたらされるらしい。魔物や侵略者におびえる必要がない以上、その苦悩は内向きとなるのが自然である。
「ならば好きなことをすればいい。そなたは正しいよ、言いたい奴には言わせておけ」
「……期待とか、重くて」
「愚痴をこぼす相手も居なかったか?」
「うーん、友だちはいたけどねぇ。グチるだけじゃだめでしょー?」
大きな事を成し遂げて、胸を張って帰還したかったという。「では」くるりと踵を返し、スゴロクは言った。「何故、『今』戻る。諦めてしまうのか」
「冒険者登録は済ませたけど、喋りとかこんなんだから信用なくてー。ばかなやつは何をやってもダメなのかなって……」
好き放題に愚痴られるという経験は魔王には新鮮であった。古龍ローレンスの言うとおり、彼は変わったのだろう。
「――昼時だ、飯の支度をしたい」
愚痴の内容には一切口を出さず、杖を持ち出して力を込める。「余は腹が減った。手伝ってくれるな?」
スゴロクさんって勝手だぁとか言いつつ、ディルフィーナは艦橋へ入った。投網を手にした船員数名と共にすぐ出てくる。
彼女は船のへさきに立つと、美しい声で旋律を奏で始めた。『潮の民』の言語らしく、魔王にも意味はまだ理解できない。獣人の現代語に通じる部分もあるから、自然への賛歌であろう事は分かる。生命への感謝を示す文言はどの言語にもあるようだった。
音声を記録する機械も作って来るんだったと己の不手際を反省しつつ聞き入っていると、旋律は静かに終わっていくところだった。ちっ、口惜しい――。
「来~る~よぉぉぉぉぉ~っ! それぇぇっ!」
本家イルカもたまげる跳躍と回転を見せたかと思えば、滝つぼのように変形した潮流が水柱となって高く立ち昇り、
「うおぉぉ!?」
活きのいい海の幸が雨の如く降り注いできた!
それらを受け止めるべく網を広げた男衆に負けじと、魔王も杖を振り上げる。
「何の、遅れはとらん!」
最後に飛び出してきた怪魚と呼び得る大きさの個体に向けて長槍を召喚し、空中に縫いとめた。
荒れた海面から跳び上がったディルフィーナは再び船に降り立ち、今度は短く叫んで潮流を鎮める。
尋常な魔法では決して起こしえない超常現象の終幕は、その規模にしてはあっけないものであった。
「おいおい」空中に止まっている巨大なマグロ類――品種名もついてはいまい――をゆっくりと降ろしつつ、「どこが馬鹿だって?」
人に得手と不得手があることを承知できたのは、スゴロクにとって最大の収穫であった。
2015年 09月25日 10時18分 公開
2016年 04月29日 10時26分 脱字補正




