思いがけない勝負
二日後、魔王スゴロクは再び都市国家の城下町に舞い戻った。「冒険者がこれほど増えようとは……」
魔界と人間界を飛び交ってジェシー少年に貸し与える武具を調達していた間、半ば拠点のようにしていたこともあり、自分の庭であるかのように勝手知ったる街となった。
旅を思い立った当初は、これほど長逗留する地点があろうとは思わなかった。
いらぬお節介だと揶揄されれば返す言葉もないが、他者の世話を焼くことが厭ではないと発見できたことは僥倖だ。
本来の目的である探索も片手間で進めていたわけだし、大体が急ぐ旅路ではない。じっくりと足を進めればよいのだ。自分にも未来の妻にも、時間はたっぷりとある。
さて、アルフレッドが主催した初の公式武術会の会場は王宮近くにそのまま残り、各地から集う冒険者達が技を競い合う舞台となっている。
その屋根を目指してごった返す人々の群れに押し流されるようにして(魔族のパワーで抗いでもすると大変な事になる)、魔王は闘技場の門をくぐってしまった。
「むぅっ、いかんいかん……いかんぞ」
開場前の熱気に包まれた闘技場にいると、すぐに戦いたくなってしまう。理知と冷静さが売りのスゴロクだがそこは魔王たる種族の端くれ、血の騒ぎ方と身体の疼き方が尋常ではない。
「ケンカ好きはこういうときに困るよなァ……」頭をワシャワシャと掻きながら出店の粉ものにかじりついていると、「もしや、冒険者殿か」丸っこく明るい声が掛かった。
「いかにも。何かお困りかね」振り向くと、痩躯の女剣士が居た。半猫だ。
「拙者、生まれてこのかた悩みも困難も縁がない。ですが、ちとお頼みしたくゴザる」
「困りごとならぬ依頼は初めてだな。して、何をすれば良いのかな」
「ここより西へ徒歩二日ばかり、大きな港町をご存知でゴザろうか?」
「記憶している」
「そこに居る我が友を援けてやってもらいたくゴザる。拙者、剣に覚えはあれど、なにぶん大金の要りそうな話ゆえ」
依頼料はこれでどうか、と差し出してきたのは、見事な装飾の施された鞘である。納められた業物は推して知るべし。
「東方の細工か。中を検分するのはここでは少々まずい」
「しからば」すっと指さした先に、石敷きのリングが見える。「少々、剣をあわせてみぬでゴザるか?」
不健全な闘争心も、打ち負かしてやろうなどという打算も感じさせぬ笑みであった。純粋に剣を愛し、戦いを楽しんできた女子であろうことはすぐに想像がついた。
「今は公式試合も組まれておらんようだ。よかろ」
「かたじけのうゴザる。では参ろう」
やりとりを聞いていたらしい濁声の親爺が開けてくれた道を通り、リングに上がった。
「不肖、冒険者スゴロク。お相手致す」
「これは丁寧に。拙者ミャオ=ズイランと申す。どうぞお手柔らかに」
にっこりと笑い、半猫はハカマの腰に刷いた刀を静かに鞘走らせる。シンプルなハオリで包んだ細っこい(出るべきところは出ているから謎だ)全身に緊張を漲らせ、助走もなしに低く跳びかかってくる。
逆手に構えたカタナが日差しに煌めき、乱れ閃く。虚実織り交ぜられたそのことごとくを、カタナを一切抜くことなくかわしてみせると、
「その剣法、どちらにて?」
「郷里に東からの流れ者が居る。剣技が達者でな」
「成る程、どうやら少々ズルい御仁でゴザるなぁ」
息ひとつ乱さず、半猫の剣士は呟く。
「そちらとて、全力とは程遠いだろうに」
「あ、バレてるでゴザるか」
ミャオはぺろりと舌を出しておどけると、腰元の剣をもう一振り抜いて構える。
「二刀遣い。おもしろい」
「わが『双飛燕』の太刀、よもや野試合で使わされようとは。拙者もまだまだでゴザる」
注釈しておくと、彼女とてやたらと決着を急いでいるわけではない。機先を制して撃ちかかった波状攻撃、そのすべての太刀筋をあっさりと見切られた以上、一刀での立ち合いは効率がよろしくないと判断したまでのことだ。
「ミャオ殿、礼を失したわが立会い、赦されよ」
「構いはせぬよスゴロク殿。雲とて霧とて、打ち据えて見せようぞ」
「おそろしいことを」笑みを絶やさないこげ茶色の瞳の奥に熱気と闘志の輝きが燃え立つのを見て、魔王も慧眼を細める。
鯉口を切ると、先ほど手にしたばかりのカタナを抜き放って上段に構えた。
「――参る」自然と手になじむ感触に気をよくして自分から切り結んだ。
頑丈な部位同士を斜めに交差させた構えで受けられる。火花散る澄み切った刃の向こうにある半獣の顔は、あくまで楽し気に笑っている。
「よほど、剣をお好きだな」
「語るにも足らん薄っぺらい来し方なれど、追うべき背は持っておる――かつて、拙者も達人に教えを請うたのでゴザる」
二本の得物を器用に扱いつつも、剣士は夢見るように語った。これには目から鱗である。
今までは何の気なしに、育ての子ども等を含めた他者から求められるあらゆる手ほどきをしてきたスゴロクであったが、師たる者――ひいては壁となる者にも気構えが要ろうという考えには至ってこなかったのだ。
「成る程、教える側にも責任とは伴うのだな」
拙者のように人生ごと左右される例は少なかろうが、と笑んだのの全身にふたたび緊張が漲り、すわ来るかと見ていた左の刀がふっと失せた。何のことはない、支える一方を手放しただけだ。
「っと! 危ないではないか」平衡を失った魔王は身を沈ませて渾身の一撃を避ける。
「うすうす思っておったが、これではキリがないでゴザる。しょうがない……勝負は譲るか」ふた振りの剣を納めて膨れ面をする。
「易々(やすやす)それで撲られちゃ敵わんよ……峰撃ちだっけか、結構痛いらしいな」
「ははは……! ひとまず、カタナの性能だけは把握いただけたな?」
「もちろんだ。東方にも俄然、興味がわいた」
「なんと。彼の地を訪ねぬはモグリぞな」
「うむ、不徳の限り。よき助言を戴き感謝する」
魔王と半猫は微笑んで握手を交わすとリングを降りた。
「む?」
「控えておった連中がおらぬでゴザる」
気づけば周りは観客だらけで、身体を暖めていた選手たちは影もない。
「……スゴロクどの、ここは拙者に任せるでゴザるよ」
「かたじけない。余は港町に向かえば良いのだな。ご依頼しかと承った」
「やれやれ、それにしてもとんだことになったでゴザるな……」
やたら物々(ものもの)しい装備を身に着けてドヤドヤ戻ってくる彼らに興奮気味の視線を向けられ、二人はそれぞれ冷や汗を拭うのだった。
2015年 09月18日 09時11分 公開
2016年 04月28日 15時10分 誤字修正




