ひそひそ話
「どうでした、人間界は」
「とても賑やかな場所でした。魔界と同じく、どんな存在でも赦してしまいそうな」
「そうね――今は魔族も人間も、ある程度は歩み寄っているから」
「以前はそうではなかったと?」ロデル=カッツェは、コルトシュタインで求めた菓子を摘みながら尋ねた。久々にシェリーの私室を訪ねているところだ。
「『魔王』が人間界に侵攻し『勇者』が世界平和を守る。その逆もあるけれど、ふたつの土地に住まうもの達は、対立の理由を見つけては競争や戦争を繰り返している。わが国とわが王家は例外中の例外なの」
「コルトシュタインは平和に見えましたけど……」
「あの地域は魔力が多くないですし、魔界から見れば資源も少ないとのことですからね。兄上が調べた限りでは、紛争地域もずいぶん限定されてきつつあるようです。ニンゲンという種族自体が自立し、強靭さを獲得したと言うことでしょう」
謡うような口調で言い切ると、件の菓子を撮んで口に放り込む。小麦粉の生地に岩塩をまぶした揚げ菓子だ。
「……みんな仲良く、ってワケには行かないんでしょうか?」
口の中をパリポリと音で満たす龍族とは対照的に、生真面目な半猫は眉をひそめている。
魔族の国同士が基本的に内政不干渉であることは知っているが、突っぱねるように事実だけを告げるのは躊躇われる。
仕方ないわよね、この子は優しい子だし――。逡巡にケリをつけ静かに口を開く。
「みんなが仲良し、と言うのは難しいかもね。血を見なければ満足しない残酷な王や、弱き者を虐げる事にしか快楽を見出せない魔王も、確かにいるのだし。ただ……」
「ただ?」
「必要悪――と言い切ってしまうと語弊があるけれど。この世界では、そういう残酷ささえ許容されるべきだと思うの。力のバランスや人々の考え方がどちらかに偏った時点で、『多様性』はすでに失われていると考えられる」
なんとなく分かるような、と考え込む妹分のために酒を注ぎ足す。
「私たちの知らない国ではひどい戦争があるかもしれない。どこかに、いいえ……何処にでも、苦しんでいる人がいるかもしれない。彼らのために『勇者』がいる。救国のための戦いが生まれ、やがて語り継がれる。生まれていく物語を、聞きたいとは思わない?」
ちょっと喋りすぎたかな、と息をついて、シェリーはグラスをぐいと呷った。
「では、スゴロクさまはそれを語るために?」
「あれで結構特殊だから、そういうことに楽しみを見出したのは兄上らしいわね。楽しみを自分だけのものにできないのも」
真っ赤になって俯く妹分の視線にわざと視線を絡め、「そういうところ、ロデルは好いてくれているのでしょう?」
「またからかうー」
「あら、今回は本気よ。……どうか兄上を頼みます」
「あ……は、はい……」
さらに真っ赤になりながらも健気に首肯するロデルの成長をシェリーは思い返し、また思い描いた。
何を隠そう、異母兄に対する好意を一番最初に打ち明けられたのは自分自身である。
学習や鍛錬を手助けしてきたつもりだし、これからもそうするだろう。不粋な打算ではない、幅ったい表現を使えば、愛情で動くべき相手だからだ。
情熱を、無償の愛情を注ぐべきだからだ。異母兄にせよ自分にせよ、ロデルの存在は大きい。
弱い部分を晒せる異性を――同性もそうだが――求めてしまうのは、魔族の本能とも言える短所だ。
恋多きを恥とせず、そうであるところで何の違和もない社会を作り上げたほどだから、その本能は相当に強いだろう。
これも本能に従い、王妹はまた酒を口にした。妹分がすぐさま追加してよこした一杯である。
「酔わないんですね」
「うん。龍族は特に酒好きでね、普通の食物の中では一番魔力補給の効率がいいの」
返杯を干そうとして、ロデルははたと手を止めた。
友の約束を交わしたファーウィンド家の末娘のことが頭をよぎったためだ。自信たっぷりに、彼女が酒好きになることを断言して見せた姉貴分の姿と、今の言葉を重ねる。交点に見えるのはただ一つ。
「特別なのはジェシー殿だけじゃなかった、ってことね……」
「よくある話よ、いまどき」
悪びれもせずケトケト笑うのを見て、
「兄妹揃って、人が悪いんだから」ロデルは珍しく、悪態をついてみせるのであった。
そんな部分もまた好もしいと思っていることにも、気づいてはいたけれど。
2015年 09月14日 11時18分 公開
2015年 11月14日 11時01分 誤字修正




