魔王と賢王と
さて。一方、人間界にて絶賛暗躍(人聞きわろし)中の魔王スゴロクであるが。
「調子はいかがですかな、賢王陛下」
「だからそれはよせよ、アンタだって『王』は『王』だろ」
「さりとて、ここで礼を失するはわが流儀にあらず。我慢していただくしかないな、アルフレッド殿」
「相変わらず口のよく回る人だ。もちろん嫌ではないけどな、スゴロク殿」
よっ、と勢いをつけ、商業都市コルトシュタインの若き王は高い玉座から飛び降りる。
謁見と言うより雑談の格好だが、彼は懇意の者とは必ずこうして話す。商業都市の民なら誰もが知っている。
許可を得た魔王も長いローブの裾を器用にからげて絨毯に腰を下ろす。「小さな淑女は元気かね」
「さすがの才能だよ、あれならいい所まで行けるんじゃねぇかな」
「社交界よりも市井――ひいては武の世界が似合っていると?」
「娶るべく動かされてる俺が言うのもなんだけどな……貴族連中に利用されて終わる家系じゃねぇんだよ元々が」
ニーナ=ファーウィンドは、代々この商業都市を守護し支えてきた伝統ある将軍家、その現当主の末娘である。
商業都市に相応しい重商主義政策を敷いて来たこの国家においては、商家上がりの貴族達の地位が高い。
筆頭指揮官である将軍を始めとした自衛軍を持ってはいるが、完全な文民統制のもとで自衛を遂行するに留まる軍が貴族に逆らうことは無く、また不可能である。その国家的慣習を利用してのし上がるべく画策した貴族が、将軍家で唯一未婚だったニーナを強制的に己の養子とし、さらに国王へ輿入れさせようとして、現状に至る。
婚姻まではあと一カ月と半。
「間に合うかね?」
「間に合わせるさ。ロリコン舐めんなって話だよ。いくら俺だってそんな無節操じゃねぇっつの」
「今とんでもない単語が聞こえたが」
「え、そういう王侯貴族って結構いるんじゃね?」
「否定はしにくい」
なぜか心当たりがあるような気がした魔王は、なぜか痒くも無い鼻の頭を掻く。
どうやら自分自身もその趣味を持っていると気づくのは、もう少し先のようだ。
もとい――。不明瞭ながらも同意を得たアルフレッド王は言葉を続ける。
「だろ。けどニーナお嬢は、あの子はだめだ……。悔しいけど俺じゃダメなんだよ。自分のために女の子の気持ち踏みにじるような王は王じゃねぇ。マトモな人間でもねぇ」
幼いと言ってもいい二人がなぜ強く惹かれあおうのかまでは、賢王も魔王も知らない。だからと言って、件の貴族の思惑通りになることを許すはずも無い。
スゴロクが少年を一人前の戦士に育てるべく暗躍(だから人聞きが悪いって)していることをすぐに知った彼は、即刻ニーナ自身に事情を説明し、良い方向へ導くべく動いたのだ。
「それにしても、婚約記念の武術会とはな」
「悪い方法じゃねぇだろ? 他の連中にも『色々と思いのまま』にできるチャンスはあるわけだし」
柔軟・冷静で客観的な政治を行う賢王アルフレッドが自らの結婚事情をネタにしたのは、力を何分の一にも抑えたスゴロクに圧倒され、頻繁に謁見し、良い影響も悪い(!?)影響も受けてのことだ。
それはジェシー=ヴェントを、ニーナ=ファーウィンドを、魔王スゴロクと彼の軍を信頼していることの証とも言える。
「んでヨ、俺考えたんだよスゴロク大先生」
「大先生って何だよ――何を考えたってんだ」
「アンタ商人でもあるわけだろ」
「趣味だけどな。……武具でも卸せって話か?」
「さすが話が早いな。アンタもそのつもりだったんだろうけど、思ってるより上等な武具を作ってくれよ――ついでに俺とか俺の知り合いの分も」
ニヤリと焦げ茶色の瞳を歪める王は、無邪気な少年のようにも、腹にとんでもないものを抱える青年にも見えた。
「国王みずから、反乱でも起こす気か」
「それはねぇよ。ただ、操られるばっかじゃねぇってのを示したいだけだ。よくある話だろ、あくどい貴族どもの専横をなんとかしたいのさ」
いずれは貴族制度を廃止して、立憲君主国にしてもいいかもな――そんなことをシレっと口にする彼の金髪の上には、あるべきはずの冠がすでにない。
「ご依頼は引き受けるが、アルフレッド殿。やはり貴公は変わり者だな」
二人の王はそれぞれ立ち上がり、また座すべき場所に座した。多忙な賢王に許された謁見の時間がもうすぐ終わる。
「ケケケ。人の事言えねぇだろスゴロクさんよ」
「然り。もっとおもしろい事になると良いな、この国も――ククッ」
魔王が姿を消した後も大笑さめやらぬ賢王が近衛兵に怪訝な顔をされるまで、あとおよそ20秒。
2015年 08月20日 16時30分 投稿
2015年 08月20日 16時33分 誤字修正




