魔王スゴロクは逃げ出したっ!(2)
「美しい。千の言葉で表そうとも言い尽せぬほどに」
スゴロクの育ててきた子ども達が手ずから織り上げた純白のドレスは晩冬の太陽を乱反射して星のように輝き、紅蓮の炎を思わせる長髪はプラチナを繊維にしたリボンで飾られ、愛らしい猫の耳を引き立てている。
今は用をなしていない黄金のハイヒールは、勇者アンヴィシオン一行の連名で贈られた物であった。
シリルとシェリーの見立ても、ディルフィーナの着付けも完璧だ。――ロデルは、それでも考えるのをやめない。
今のところ、自分だけが幸せを噛み締めている気がした。それでいいのだろうか。これでいいのだろうか。
自分に誓った誓いを、わたしは本当に果たせるんだろうか。
この場に居ない親友の笑顔が頭をよぎった。
やはり、来いと言う方が残酷なのだろうか。
「どうした」
「友の――親友のことを考えていました。貴方様を好きだと、わたしだけには言っていたのよ?」
「そうか……酷なことをした」
こんなことで凹むような娘ではないとスゴロクは思うが、今は口に出さないでおく。自分以外の誰かを思えるこの娘でなくば、こうまで愛してもおるまい。
「ロデルは優しい子だな」
「そう、でしょうか」
「賭けても良い――さあ、今は喜ぶべき時だ。そんな顔をしていたらどこかの勇者殿に笑われるぞ。
それとも、その可愛いほっぺを引っ張ってやろうか?」
「うふふ……ひょうきんな方。引っ張られてはお化粧が崩れてしまうわ」
気分を切り替えて前を見やる。二百を超えていただろう階段が、もう途切れようとしている。
山岳民族に伝わるタペストリー模様が金糸で織り込まれた緋色の絨毯を、滑るように歩く。
両側に社の者達や親交のある者達が並び、口々に祝いの言葉を掛けてくれる。
ほとんどがロデルを応援するものだったから、スゴロクとしては愉快でたまらなかった。
「男ってなこういうもんかね、スゴロクさん」
「どうかな、アルフレッド殿。だが余としては悪い気はせんさ」
「ハハッ、余裕だな。……まあそれならいいよ。幸せにな」
声掛けだけでは我慢できないらしく前に出てきた賢王と言葉を交わす。
が、若き王は後ろからつつかれてすごすご退いていった。傍らに控えるニーナとジェシーに促されて渋々といった感じだった。
「よう、スゴロク殿。西の祝言はなんとも派手だのう」
相変わらず洒落た格好のサムライと共に連れ立って、東国の太守も姿を見せる。
「これはナルタキ姫。中々によき式でありましょう?」
「おう。わらわも楽しませてもらうとしよう……皆々に敬愛さるる果報者に、幸を」
東国の最敬礼をして列に戻ったかと思えば、「やあ。『勇者』の選定は間に合わなかったが、顔だけは出せたよ」
「ヴィルヘルミナ陛下。ウィノナ殿の姿が見えませんが」
「恥ずかしがって、列の後ろに隠れてしまった。とにかく目出度いことだ、全力でお祝いするぞ。な、二人とも」
お前たちみたいに堂々としてたいんだけどなーとかほざきつつ、ルロイとラウラに場を譲る。
「おめでとうございます」
「幸いのありますよう」
「ありがとうございます……」
赤面したまま応えたロデルに釣られて、少年少女も赤面してしまう。
ではのちほど、と言い置いて引き下がってしまった。西大陸の最高学府に勤めも相変わらずのようだ。
他にも、ルヴィを始めとする北方大陸魔法学園の生徒や、『魔境』に住むさまざまな種族の代表者たち。
復興と融和を果たした南大陸の二か国の者達も、イズマやカーヤを筆頭に祝いをくれる。
二人は数えていてはキリがないほどの人物と言葉を交わしつつ、絨毯の端へたどり着いた。
「なんと……貴女か」
「はい、私です。お久しぶりですね?」
『戦士の楽園』と呼ばれる塔の主人は、黄金で満ちたような瞳を細める。
「さて……では始めましょう!」
空砲が打ち鳴らされる。続けて鐘の音が響き渡った。
見上げると、人間族の女魔王が大鷲に乗って紙吹雪をばらまいている。
「これより、慧眼の魔王スゴロクと、紅蓮の勇者ロデル=カッツェの婚姻を祝し――」
混沌の湖で聞いた時と同じくらい悪戯っぽい声だ。
何か来ると身構える二人をよそに、娘は気取って金髪を掻きあげ。
「色々すっとばして宴会を始めたいと思います!」
大々的に宣言したからたまらない。地鳴りみたいな歓声が沸き起こり、真面目な新郎と新婦を苦笑させた。
「やっぱりこうなるのですね……」
「この方がらしいと思うぞ。さあ、楽しむとしよう」
弾ける如き笑顔で快諾する最愛の妻に、スゴロクは優しく口付けをした。
2016年 04月24日 11時45分 公開




