戦士の楽園(2)
大理石で作られた部屋の天井は高く、中央の窪み以外には何もない。
開け放たれた二つの窓を冷たい風が吹き抜け、ロデルの身を震わせる。
「ふっ……」
魔王は窪みの近くにまで歩み出て杖を振りかざし、『王の力』をほぼすべて開放する。嵐のような魔力が凝集し、一気に爆発した。閃光が視界を奪い、数秒。
「スゴロクさん?」「スゴロクさま?」
「余はここだ。それより身構えておけ、『来る』ぞ!」
轟音が響き衝撃が走った。浮遊感に包まれる。
人の声とも魔族の歌とも龍の咆哮ともつかぬ美しい音が溢れ、反響するのが聞こえる。
浮遊感に包まれ、三人は目を凝らした。
高い天井が吹き飛んでいる。床の窪みは大きく広がり、不思議な色をした水がその全てを満たしている。
変化はそれだけに留まらない。床面に次々と黄金の大樹が伸び、湖の底へ根を張る。
一瞬のうちにドーム状の森と化した屋上の鬱蒼とした暗黒を、南中の太陽が照らした。
「……すごい」
「……綺麗ですね……」
魔王は黙して頷き、静かに湖面へ降り立つ。
湖の水は彼らを歓迎するかのように激しく揺れ、喜ぶように撥ねまくった。
水そのものに意志がある如く思われた。魔王は念じる。少し話をさせてくれ。
いたずらっ子みたいな口調で拒否された。代わりに映像が映し出される。
確かめるべき答えがそこにある。
日数にして一ヶ月に一度、この世界は静かに作り替えられていたのだ。
人間界だろうと魔界だろうと関係はない。
もっと先があるはずだ、もっと面白い何かがあるはずだ。
そんな人々の思いそのものが大いなる願いとなり、『世界』の奥底に眠る『混沌物質』の力を呼び覚ます。
本の記述通りだった――混沌の力が願いによって指向性を与えられれば、あらゆる超常現象が起こり得るのだ。
新たな陸地が何の影響もなく生まれ海が膨張し、島が生まれ、山が育ち川が萌え流れる。
映像が切り替わる。
志高くも世界の果てを目指した古代の冒険者たちが、この塔で『追加』されゆく世界の事を知り、地図の完成をあきらめる様。
――意味があるの?――
問うてきた。例の声が現代語の形をとる。
「異な事を」
魔王は答える。
――だって、世界はどんどん動くんだよ。わずかな時間で変わっていくんだよ。果てなんてないんだよ――
「皆々は諦めただろうな、満たされた気持ちと共に栄誉と成果を持ち帰ることで」
――うん。みんなそうだったよ。貴方は違うの、物好きの王様――
「違う……とも言い切れん。実際に今、心の奥の何かが燃え尽きたような気分だし」
――でしょう? 『世界』には誰も敵わないんだよ、誰も追いつけない。そうなってるんだ――
「だが、余はすでに一敗地にまみれた敗北者。世界そのものには追いつけず、敵わないことを誰よりも知っている」
――そうなんだ。じゃあいいじゃない、ここが世界の果てってことにしちゃえば――
「これまた異な事を。変わり続けてゆくのであれば須らく訪ね歩き記録し、知らしめてゆかぬでどうする。
創造の結果を知りたいと思わぬのか、無欲で無機な存在というわけでもなかろう」
――まあ、太陽や月ほど高くから見てるわけじゃないけどさ、確かに――
「それなら」魔王の妻がようやく言葉を挟む。からかうような表情だ。「スゴロクさまの言う通りじゃない」
「自分の作ったものがどうなるのかを気にしない者が居て? ねえ、誰かさん?」
――そういうもんなのかなぁ。よくわかんないよ――
「ものづくりするって割に淡白だな……僕には理解できんね」
アンヴィシオンも続くが、此方は明らかに挑発的である。
――『世界』の意識の集合体を挑発するかね普通――
「普通の考えで『勇者』なんかできるかっつの。で、どうすんのさ」
――どうするって、何を――
「ご自慢の成果を見て回らないのかって事。こんなところで留まっても、報告してくれる人はいないぜ?」
――う……そりゃそうだけどさ。こっちは『世界』の核心で……――
「ええい鬱陶しい。意識の集合体だってんなら色々融通利くだろうが!」
スゴロクは気が長い方だが、何しろ決断が早いのだけがとりえである。
己がよいと思う方向に進めばよいと決めているから、このように悩むことも少ないのである。
「たとえば」と告げて、魔王は意識を集中する。魔人の秘術は暗誦できるくらい練習した。勉強はしておくもんである。
――うわっ待って待って、今用意するから!――
突然浮き上がってきた人形を巻き込んで、『人化の法』の暖かな光が生まれた。
2016年 04月20日 14時38分 公開




