戦士の楽園(1)
「ねースゴロクさん、まだぁー?」
「ロデルはおなかがすきました」
何とも不可思議な構図だとお思いにならないだろうか?
――是非そう思っていただきたいところである。
「もう少しだ、休み休み行こうぞ」
二人の『勇者』に挟まれた『魔王』が、ひたすら敵をなぎ倒しつつ塔を上るというこの状況を。
つい今しがた確保した簡易な休憩所に座り込み、某社社長がこさえた特製弁当に舌鼓を打つこの状況を!
「ごはんに甘辛いメデタイが炊き込んである! 東洋のやり方だっけ?」
「左様だ。セウユとミリンで味を調えておるな」
「薬味を振ったりダシをかけたりしてもおいしいみたいですね」
「よし試す。……美味!」
それぞれの好みに徹底して寄り添うおかずが、寿の魚を炊き込んだ飯をさらに引き立てている。
「ロデルっち、卵焼きと何か取り換えよ? おいしいから味見味見」
「では、こちらのお煮付けはいかが?」
少女らの賑やかさに少々あてられながらも、スゴロクはこれが嫌いでないことを密かに発見して喜ぶ。
「隣り合ったほうがよいのではないか」
真ん中をすっと空けると、礼を言いつつくっついてはしゃぎながら食事を続ける。
巡り巡った世界各国と結んだ交易条約の成果が凝縮された三段重ねの重箱(一人分)に詰められた世界の美味を味わっていく。
卵焼きと鶏肉料理に用いられているのは、山岳地帯で行われる小規模な養鶏業の賜物。
草原の遊牧民が育てた秀逸な肉類、潮の民ご自慢の魚の数々。
煮物や炒め物、サラダ等等に姿を変えた新鮮な野菜は、商業都市国家コルトシュタインを始めとする農産国から取り寄せたものだし、
先ほどから減りのすさまじい炊き込み飯と「食後にどうぞー」と厳重に言い置かれたデザートの材料はすべて北方からの贈り物である。
全ての膳の盛り付けは極上に美しく、しかも南の島の温泉のろ過水を用いた吸い物と飲み物まで用意してある。ディルフィーナは良い主婦にもなれそうだった。
「うますぎぃ~……こんな量食べきったの初めてだ……」
とか言いつつ、アンヴィシオンはフルーツコンポートの盛り合わせに爪楊枝を立てて口へ運ぶ。
東国の手工芸が生み出した漆塗りの重箱は、じっくりと味わい続けるスゴロクの分を除いてすっかり空っぽだった。
たっぷり一ヶ月間の準備の末、英雄の魂や知恵を持つ高位の魔物が守る51階建ての塔を1日で踏破できると踏んだ魔王は、準備の最終段階として豪勢な弁当をこさえてくれと頼んでおいたのだった。
「ね、スゴロクさん」
「どうした、シオン殿」
「スゴロクさんはさ、魔王なわけでしょ」シャリシャリと甘いリンゴを噛み砕きつつ、「世界征服とか考えなかったの?」
魔王は妻と顔を見合わせてから、「考えたさ、『世界』を知る前に」
「見事に挫折なさいましたけどね」
「へぇ……なんで?」
「『始まりの街』で負けた」
「え!? すっげぇ勇者とか居たの!?」
「いや……大地の広さやそこで織りなされる文化や営みの一端を知った。勇者と魔王の戦いなどは一面に過ぎんと教わった。
余は『世界』に負けた、イチコロで魅入られてしまったのだよ。今まで出版した本も、描いた地図も、『世界』とそれに対する余の思いを語るには足りぬのだ」
だから報復として世界の謎を確かめてやらねば気が済まぬのだと笑い、魔王スゴロクは立ち上がった。
「さて……まこと世話を掛けるが、あと五階である。力を貸してくれ、『勇者』達よ」
「分かりました、スゴロクさま」
「しょうがねぇな、乗りかかった船だぜ」
ニコニコ笑顔で立ち上がり、進む。
古代技術の粋を集めた機械の戦士を撃ち砕き、『魔人』の血を色濃く引く魔導師をどうにか説得して通してもらい(スゴロクでも勝利は怪しかった)、美の結晶と呼ばれる幻の魔物を魅惑して魔王軍に加え(方法は内緒)、無敗将軍シャルジェの魂を激闘の末に退けた。
そして、『戦士の楽園』最上階――51階。
2016年 04月18日 11時46分 公開




