魔王と司書と
「そ、そういえば……ちょっと小耳にはさんだんですけど」
軽食をとった後、迷宮の司書は赤面したまま魔王に話しかけた。
マティルダとイズマはルフタリアへ戻り、ケーニヒも飛行艦艇でどこかへ出かけて行ってしまった。
スゴロクも帰還しようとしたが、もう少し話したいと請われて留まっている。
「ほう。何の話でしょう」
「アンヴィシオン殿と名乗る幼い勇者をご存知ですか」
「ええ。友の約束をしています。彼女が何か……?」
「驚かないで下さいよ。存在自体が幻と言われていた『戦士の楽園』の封印を解いてしまったらしいのです」
「なんとっ……!」
これが驚かずにいられようか。
スゴロクも、各地の文献に散見されたその地の名に興味がないわけではなかった。
ただ――とんとん拍子に会社設立となり、行く先々で問題解決に助力しているうちに、それに関する探索の機会をことごとく逃してきていた。
取ってつけたようだが、実際これ本当である。ほら、魔王なんか地団太踏みそうだし――「踏まんわっ!」
「どこ見てるんです? スゴロクさん」
「あぁ、失礼――左様でしたか。シオン殿が……!」
思いっきり取り繕ってはいるが、これでも魔王はとても喜んでいる。
友誼を交わした者たちが世界規模の功績を上げるなど、これまでなかった経験である。
どっかの魔王ぶっ潰して、とかじゃないのがシオンらしいと思う。
ロデルも喜ぶだろうと勇んで帰り支度を始めると、「あのっ……! スゴロクさん。少しお願いをしたいのですが」
意を決したような表情で、またも押しとどめられる。
「何でもご用命あれ、我が社は常にお客様の味方です」
言いにくそうに顔を赤らめる娘に、魔王は優しく促した。
「笑わないでくださいませね。実は、デリバリーの契約をしたいのです」
どうやら、初対面の時に渡したダイス社の事業パンフレットを読んでくれていたようだ。既存の大手には敵わないながらも細々と続けている出前サービスがお眼鏡にかなったらしい。
「何の配達をしましょうか」
「三度の美味しいお食事と、それに負けないくらいのおやつを――ああ、言ってしまったわ」
「承知。社の者との顔合わせは後日でよろしいかな」
「はい。ご無理を言って申し訳ない、感謝しております。最近とみに客足が増えましてね」
古い本ならだいたい揃っているという話を南方の探索行の折りに勇者たちにしておいた程度なのだが、本の迷宮の客は順調に増えているとのことであった。
「それだけこの図書館と貴女が魅力的なのだと思います。
そうそう、出前にはいくつかツテがあります、これを機に食べ比べなどをなさっては如何かな」
正面から礼を言われるのにいつまでも慣れないのは、多分自分があまり手を下していないからだと魔王は思う。
いくら変わったと言っても、基本的には自由気ままで自分のために動く者であるという自覚がそうさせるのだろう。
「ありがとう、是非そうするわ。……照れることはなくてよ? スゴロクさん」
「お恥ずかしい。気取ってはおられませんなぁ」
「もっと素直になればよろしいじゃありませんか。ねえ?」
聞かん坊の少年に言い聞かせるような口調で、シュエットはウィンクなどしてみせる。
「敵いませんなぁ」
魔王は苦くて美味いコーヒーを飲んだ時みたいな顔をした。
2016年 04月13日 14時04分 公開




