知の冒険(3)
翌日までかかった解読作業の結果、「ようこそ。お久しぶりですね」
「此度は大所帯で失礼する」
「もちろん、歓迎いたしますよ」
知的冒険を続ける一行は、中央大陸の誇る『本の迷宮』にたどり着いた。
来客用に新たに設えられたらしい部屋に通され、まずは皆で茶を喫する。
「ときにシュエット殿、例の隠し部屋の調査の方は……」
「進捗していますよ。あの部屋でしたら、すぐにご案内できますが」
「あのぅ」最大限におどおどしながら、マティルダが言いにくそうに言った。「できれば……個々の本を何冊かお借りしたいのですが……」
ルフタリア城にある物語は全部読んでしまったと手紙に書いてあったのを、魔王は思い出した。
本に対する欲求は相当強いものがあるらしい。
迷宮の司書は柔らかく笑んで「大丈夫ですよ。お選びいただければ写本をお譲りいたしますわ」
「ありがとうございます! あ……あの、そのっ、でも……」
予定を外れて別行動になることを気遣ってか、マティルダ姫は三人の顔を順番にうかがう。
『姫。知的冒険の方はおれ達で進めておくぞ』
「いいじゃないですか姫様。予定外のことを楽しむのが冒険ですよ。なぁに、いい所の手前でお呼びしますって」
「存分に読み、欲しい本を選ばれよ。お買い物は淑女の楽しきたしなみにござる」
それぞれに承諾を得ると、幼くも理知的な鳥人は、喜び勇んで近くの書架にかじりついた。
『怪盗紳士レッツェルの挑戦』や『無敵将軍シャルジェ』『古き仮面の騎士』といったシリアスな作品から、『財宝砦のたいしたことない謎』『砂漠の国の執事さん』、『蜘蛛姫さまはてんやわんや』などの新進コミカルものまで、古今のさまざまな物語が揃っている棚だった。気鋭の書評家ジェニー=ヘルディン女史の手になる物語本の案内書も置かれていて、物語好きにとってはたまらない一角である。
姫の腰かけた椅子からは、紙をめくる音が雨だれのごとく続く。話し声も聞こえないほど熱中しているようだ。
「がんばりやの姫君なのですね。それに、とっても本がお好きみたい」
「ええ。知識欲はわが子ら以上かも知れませんな」
微笑む司書に魔王が相槌を打つ。
他の二人の食いつきが異様によく、養子らのことについての説明をしたのだが……。こっ恥ずかしくも恋愛の事にも触れねばならなかった上に、
「なるほど、貴兄は思いのほか優しき王なのだな。ロリコンだが」
「で、養子の一人といい感じかぁ。このロリコンめ」
「まぁまぁ、良き行いをされているじゃありませんか。ロリコンですけど」
三者三様に散々な評価を受けて、
「分かってはいたが、あまりにあんまりである……」思わず凹んでしまうスゴロクであった。
かくの如く横道があって大幅に遅れはしたものの。
「遅くなりました」
マティルダ姫が大量の本を周囲に浮遊させつつ戻ったころには、知的冒険は早くも終盤に差し掛かっていた。
魔王と魔人と魔族が、隠し書架の中から選び取った術式を再現すると、
「あっ……!」鳥人の姫君を驚嘆させる光景が展開した。
宙に次々と書き出される魔法文字が次第に収束し、テーブルの上に黄金の鍵が出現したのである。司書が手に取ると、周囲の書架の群れがまたも轟音を上げた。天井が開いて飾り棚が落ちてくる!
『おっと』
魔人の王がナイスなキャッチをみせ、どかっと置いた。
「こ、今度は本物なんでしょうねぇ……」疑いつつも、シュエットは鍵を手に取ってすぐさま開放した。慎重に取り出したのは、たった一冊の本だった。
独自の速読術でもって斜め読みし、あっという間に読み終える。
「……書いてあります」
「何がです?」
「『全部』ですよ。これは、まず貴方が読むべきだ。魔王スゴロク――もっともこの世界を愛し、もっとも基本的な問いを投げかけた方」
思い切り気取ったセリフと共に手渡してくる。
魔王が受け取ろうとした瞬間、司書の空腹が目を覚ました。
気が付けば、窓の外は一面の夕焼けであった。
2016年 04月12日 14時26分 公開




