知の冒険(2)
「おや、ここは」
『何処に行くと思ったのだ? さすがに、おれにも恩人を誘拐する勇気はない』
その気になれば異世界にも行けるのでしょうと喉まで出かかったが、どうにか止めた。
視線のすぐ先では、南の空中都市ルフタリアが冬の陽光に煌いて見えた。
『エイゲートとラピュリスに、ある調査をさせている。貴兄も知りたいことだ……たぶんな』
もはや思考を読まれることは気にせず、巨大艦船の艦橋となった城の窓からはしごを伝って降りる。
「あ、スゴロク様!」
ちょうど昼時の休憩なのか、城のテラスでバスケットを広げていた姫がこちらに気付いた。
「マティルダ姫、お久しゅう……壮健であられましたか」
「ええ。このところは来客も多くなりました。本を読むばかりでもいられなくなったわ」
以前に話をした時よりも顔の血色がよく、充実した日々を送っているのが分かる。
『姫。あの二人はいかがです、真面目に務めておりましょうか?』
「ええ、ケーニヒ様。お二人とも、よくよく物を教えてくれています」
左様か、と言って不器用に笑う。臣下をほめられてこそばゆいのだろう。
「かの結界は本当に取っ払ってしまわれたのですな」
忙しさの間隙を縫うように届けられた便りで聞いていたとおりだった。
いまやルフタリア直下の結界も、全土を覆っていた精神結界も、すべて取り払われている。
すがすがしい空気と穏やかな風。南方の冬はサバサバした微笑で魔王たちを迎えていた。
「スゴロク様とダイス社の皆様のおかげですわ」
「姫がよく動かれた故です、謙虚も良いが誇られるべきかと」
「そうですね……素直に喜びましょう。スゴロクさまは相変わらず、忙しくしてらっしゃるの?」
「ええ、何くれとなく。気になることがなければならん性分でして……」
空腹感にやっと気付いた魔王は、自分と同じ種類のパンを三人分持ち出した。
差し出すと、それぞれ嬉しげに受け取ってかじった。甘さを目立たせたシンプルなパンだ。
『リムのパン工房』と共同開発の自社製品だと話してみる。会社の話をするのもまた楽しかった。
『商人が板についてきたな。ちと冒険者に戻ってみんかね』
思わせぶりに告げたケーニヒは、『姫。お城の図書館をお借りして宜しいか』
「ええ。私もご一緒していいですか? 冒険気分、味わってみたいんです」
快諾を受けて、ケーニヒ王は気取った歩調で歩き始めた。
片手にパンを持っていなければ、随分と決まりも良かったのだが。
数分後。
新しい研究を放り出したイズマが途中で合流し、四人となった一行は図書館に入った。
『ケーニヒ様』『良きところにおいでくださいました』
魔人の王の忠実な臣下が、ふたり同時に膝を折る。どうやら双子らしいと分かる。ラピュリスは愛らしい女性、エイゲートは美少年の姿だ。
静かな図書館は、演劇に出てきそうなほど華やかな場となっている。
『よいところ、とは』
王の問いに、
『結論から申し上げます』
『図書館の何処かに、隠し書庫があることを突き止めましてございます』
手がかりとなる本の記述があまりに複雑で解読できないと音を上げる。
『お前達が分からんとなると相当だな、どれ』
大辞典サイズの書籍をテーブルに広げた。四人で検討してみる。
「魔界の古代文字があるな」
「これは魔法文字だねぇ……」
『ふむ。魔人の言語まである』
さまざまな言語を複雑に連ねて文章の形にしてあるだけに、
「そのまま読むと意味が分からなくなってしまいますね……うーん」
小首をかしげて考え、マティルダ姫は紙とペンを持ち出した。記述された文字の配列をそのまま書き連ね(秒速しかも達筆・正確)て、何かの試行錯誤を始めた。
三人もそれぞれに思考し、頭を捻った。
出し抜けに、「スゴロクさん、水だ。水かけてみよう」イズマがとんでもないことを言い出した。
「マジでか」
「マジだ。たぶん大丈夫。なっ?」
水を向けられた双子の魔人が、
『この書物にだけは何冊も写本がございます』
『おそらく、どなたかからの問題であると推察いたしました』
とまどいつつも頷く。
イズムルート=リーヴィエラの翡翠色の瞳が、閃きと情熱で燃え上がった。
「へっへっへ。すぐ解いてやるぜ――なぁキュラよぉ!」
「キュラって……?」
「あたしの師匠でさぁ、姫様。ヤツの問題は簡単じゃあないですが、必ず解けるようにできてますんでね」
「では、知的冒険と参りましょう」
小首をかしげていた幼い姫も、楽しげに頷いた。
2016年 04月11日 13時45分 公開




