魔王スゴロクの画策(1)
一方、その頃。
「最近はあまり話していなかったな。調子はどうなのだ、スゴロク殿」
「毎日忙しい……以前には考えられなんだことだが」
このところの魔王は、人間界でついに始まった異世界探索行のバックアップに動き回っている。悪友と酒を飲むのも実に数か月ぶりのことだった。
「そうか。己もなかなか暇を貰えていない」
龍族の大魔導師はため息をつくが、それだけ引く手あまただということだ。スゴロクは金の杯に酒を注いでやりつつ、
「できる男は辛いな、ローレンス?」
「ケッ! そう思うんだったら『魔王』の権限で休みでも寄越せ」
「その手があったな」
「じゃねぇよ。知っててやってるだろお前わ」
ローレンスは昔の口調に戻って、楽しげに苦笑を浮かべている。
目の回る日常がが、悪い気はしていないのだろう。
「女将、オデンの追加を頼む」
「はいなぁ」
魔王がサシ飲みの場に選んだのは、中央大陸の『始まりの街エアスト』。
彼にとってまさしく原点と言えるこの小さな町には、意外とグルメの店が多いのだ。
「で。まさかただオデンを馳走しに呼んだのでもあるまい? 用事があるなら己の気が変わる前に言えよ」
「話が早くて助かる。実は今度、ロデルを旅行に誘おうと思うのだが」
「いいじゃないか。なぜ己に断る必要がある」
「直前まで黙っていて、驚かせてやりたい。軍の者にも内密にしてもらいたいのだ」
なんだそんなことか、と大笑し、龍人は杯を傾ける。
「よかろ。他ならぬスゴロク殿の頼みだ、手回しは任せておけ。以前とっておきとか言っていた最新刊にも関係あるのだろう」
魔王は「本当に助かる」と言って、テーブルの上に書面を置いた。
「『世界グルメ紀行』。なるほどな、転移術で各大陸を食い尽くす腹か」
上機嫌でトーフを噛み締める。
「うまく運べるだろうか」
「不器用者の自覚はあるんだな。ま、少しなら力添えできなくもなかろう。例によって例の如く、泰然としておればよい」
「ありがたい、ローレンス」
魔王はしみじみと酒を呷る。
「男の友情ってやつやね。ローレンスさんは何もいらんのん?」
カウンターの多くから顔を出し、ヴィエネッタが言葉を挟んできた。
「はて? 女将、何のことかな」
「とぼけんでもええがな。ウチはちゃーんと聞いてまっせ」
愉快そうに笑って片目を瞑るが、龍人にはピンと来ないようだ。
「あの子か? 否、誰に話すわけでもなかろうが……ふむ」
「今、ウチは魚介をダイス社さんから買わしてもろてますのんで……仲良うさせてもろてますわ」
「なるほどな。ようやくわかったよ。これではスゴロク殿を笑っておれぬな」
魔王は「どういう意味だ」と気色ばんでみせるが、事情は一応理解しているつもりだった。
「上手く行っているのか。お前が女性を好くなど想像できんが」
「それこそどういう意味だ。己とて惚れたはれたの話くらい」
しばらく考えて、
「――そう言えばなかった」
女将を盛大にコケさせた。「ダメやないですかっ!」
「いやはや面目ない。中々言い出せんでなぁ。ここはひとつ、相談役の力を借りてみましょうかな」
魔王に向ける龍の視線が、珍しく依頼と信頼を示していた。
2016/04/05 11:23 公開




