秘密の小夜曲(2)
「ふむ、ちょっと複雑だわね」
「やっぱり、そう……」
「私としては嬉しい事だわ。『妹』だと思ってきた子に、まさか『姉妹』以上の感情を持ってもらえていたなんてね」
気づかないほど鈍感ではないだろうし思わず口を滑らせてしまったことも何度もあるけれど。
蒼翠の眼差しがとても優しい事に、ロデルはつい安堵してしまう。また少し、肩の力が抜けた。
「でも……ヘンだと思わない?」
「ヘンだよ、と言えば満足?」
「うー、いぢわる……」
「はは、ごめんごめん」
頬を膨らませる『妹』を誘い、シェリーは大きなベッドに座った。
「前はよく、こうして本を読んでいたわね。ロデルってば夜更かしが好きだったもの」
「うん……夜に勉強すると、すごく集中できたから」
顔を赤らめながら、半猫は言い訳をする。
余計な思考が全部取り払われ、数多あった学習も一つ一つ整理して理解することができた。
王を異性として意識し始めると同時に高い目標が出来たから、自分のそういう習慣をとてもありがたく思ったものだ。
「姉妹同然に過ごしていたあの頃と、何か変わっているかしら?」
「……」
いじわるさを消した、優しい問いだった。ロデルは静かに考えてみる。
立場は変わった。シェリーねえさまは幹部の肩書を持って、エース級の遊撃部隊を指揮するようになったし……。わたしはスゴロクさまの秘書になって、奥さんになる約束もしてる。『勇者』の資格も取れた。
でも、どうなのだろう。
「何も、変わっていない」
二つの声が一つの言葉を発した。
顔を見合わせる。人間界に居そうで居ないタイプの美女に見える。角はずっと昔に魔法で落としてしまったと聞いた。
プラチナブロンドの長い長い髪が、吹き込んで来る夜風に揺れて美しい。そういえば、髪の手入れも教えてくれたっけ。
「彼は、どう言っているの?」
「誰かを好きになるならそれもいい、百合趣味くらい持っとけって。信頼が怖い」
「そういうものなんじゃない? 魔族の恋愛はとても自由だわ」
大胆に言い放って、シェリーはまた酒を呷った。
美しくかっこいい姉貴分でいたかった、この娘の前では。
「当ててあげましょうか。気になる女の子、もう一人いるわね?」
この娘もまた恋多き――魔族の女であることを、改めて意識する。ふわふわと飛んで行ってしまいそうなその愛情の自由さよ。
兄上と結託してでも捕まえておかなくてはならないんじゃないかしら。
そんなことを思ってしまうほどには、パニックを起こしかけている。
ひたすらに秘さねばならぬことであった。
だから余裕ぶって、問答を出来ている。
「隠せないね……でもあの子は、スゴロクさまのことが、きっと好きなんだと思う」
「その子は相当悩んでるんじゃないかしら。気持ちの持って行き所がないと言うのは、つらいものよ」
「ねえ、ロデル。私のかわいい妹」長い前髪をさらって、額に口付けを落とした。
「そういう辛さに寄り添うことが……できるかしら。
愛情を向けるならば、受けるならば……あなたはその子に、兄上に、この私にも、ひとしく情熱を向けるべきです。
あなたを愛してくれる人たちのために、あなたはあなたの心を使うことができますか?」
姉貴分が気が気でない問いを発しているとは気づかず――。
ロデル=カッツェは我知らず固唾を飲んだ。
魔剣の切っ先のような鋭い視線だった。思いの丈をぶつけてくれているのが分かる。すべての龍人が持つ龍の眼差しは、感情が高まった時にしか現れない。
迷う。待っていてくれる。
自分や自分の周りの人々のことを思う。
良人となる人のことを思う。
思い悩んでいるだろう親友のことを思う。
大切に思ってくれる姉貴分のことを思う。
瞼に焼き付いた人たちの顔は何も言ってくれないけれど、これまでに貰った様々な言葉が背中を押してくれた。
恐る恐る、口を開く。
「はい」
言葉を載せる。誓えば戻れない。『勇者の宣誓』などよりよほど重い。
「かならず……」
覚悟は決まった。
「……必ず、そうします。わたしは誰の気持ちも裏切りません。踏みにじったりしない」
「よろしい……確かに聞き届けました」
ふわり、気配の動く感じがした。
「ごほうび、と言うわけではありませんが」
夜着をまとった背中が柔らかい何かに包まれている。最上の絹。そして、龍の熱く熱い血。「私も応えます、ロデル」
オルガンの音に負けそうなほど小さなささやき声がした。「――大好き、ですよ」
心臓が、どうにかなってしまいそうだ。こんなに幸せでいいのだろうか。愛するもの全てから愛を受ける、こんなに幸せでいいのだろうか。
いいに決まっているだろう、とか言ってニヤニヤするスゴロクの顔が見えて。
ちょっとだけ、笑ってしまった。
2016年 03月29日 15時25分 公開
2016年 03月31日 13時54分 誤字修正




