修行開始
怒涛のような日々は、翌日から始まった。紙幅の都合で初日の様子を記すにとどまることを、どうか海よりも広い心でご容赦願いたい。
まずは魔王とその妹による『お手本』と称した派手なことこの上ない手合せを見学。魔王軍魔導師部隊長ローレンスが訓練場に張った多重結界のおかげでけがをせずに済んだものの、少年は14年の人生で一番怖いものを見た想いだった。
「何をぼーっとしておるのだろうな、ジェシーは」
「兄上……私たちが少々、派手にやりすぎてしまったようですよ?」
平然と首を捻るスゴロクたちの非常識な強さにここに来て初めて慄いていると、
「貴殿の最終試験の時は大いに手加減するよう進言する。己や王妹殿でもあるまいし、無茶はさせぬさ」
「それって逆に怖いです、ローレンス卿……」
どうやら最終試験の相手はスゴロクになるようで、しかもそれは決定しているようで、「頼むんじゃなかったかなぁ」少年は大いに身震いするが、
「案ずるなと言っておろう。己について来い、まずは我が古龍族の魔術、一から百まで叩き込んでくれる」
自分と同じか少し年上の見かけに似合わぬ絶大な膂力にずるずると引きずられ、闘技場の一角に設けられた扉の奥へ連行された。
時間にして三時間と経たないうちに出てくる――どうやら時間の流れまで操作したようだ――と、そのまま訓練場で食事。
獣人部隊を仕切る『拳将』ヴォルフガングの野趣溢れる料理はどれも絶品で、しかも身体の底から力の湧くような感じがした。勢いを得て彼と手合せし、狼族が伝統の徒手空拳術を教わる。
次は鳥人部隊の長グィスパに武器一般の手ほどきを受ける。ここは武術の才覚の片鱗を見せ、剣と弓の腕で鳥人のキザ男を驚かせることができた。その彼を差し置いて弓のコーチを買って出たところを見れば、スゴロクは弓の技に自信があるようだった。
魔王が出かけた午後からは、ロデル=カッツェ(見かけによらず年上)や年下の子どもたちとともに座学。講師は王国の沼地に住んでいる妖魔――古代の魔法のレクチャーだった。一般市民として生活している彼女がどうして知っているのかまでは教えてくれなかった。
肩こりを解消する名目で風の魔族(これも一般市民・性別男)と競争し、小さな国の領土の端まで走る。帰りは自ら駆る魔界の駿馬に乗せて飛んでくれたので楽だった。出世払いで法外な金額を請求されて青ざめたが。
その後も食事と風呂と自由時間以外は分刻みであらゆる修行をこなし、床に就いたのは夜が更けてからであった。もうすぐ日付が変わる。
「う゛ー、寝らンねぇ……」
身体が疲れすぎているために眠れずに居ると、「陣中見舞いである」魔王スゴロクが現れた。「わぁっ!? 壁を通り抜けて入ってくるな!」
「説明的な台詞感謝する。手短に済ませるゆえ赦せ」
苦笑して、幌に包まれた剣と藤のバスケットを手渡す。
「ひとつは見たとおり武具である。段階的に強力な物を扱えるようになる……よな?」
「大丈夫です、剣と弓には自信あります」
自信がない、などという言葉は出てこない。そんなことを言う必要はないと少年は思う。自分にだって戦闘民族の血は流れているし、ファーウィンド将軍も見込んでくれた。
何より、この優しい魔王の近衛軍は、きっと『勇者』もぶったまげる恐ろしくも心強い教師達だ。
「よろしい。暫くはコルトシュタインで揃う物を調達してくるものとするぞ。その後は……ふふ、まあ楽しみにしておくのだな」
「うん。誰かに頼ってばっかりだな。俺って」
「いま少し、大人と認められるには時間がある。受けられる助力を遠慮する必要はない。籠は一日おきに開けるようにしなさい、きっと根性が沸いてくるから
邪魔をしたな、と笑んで踵を返した魔王の背に、「なぁ、スゴロクさんってさ」少年は声を掛けた。
「ん?」
「なんか『勇者』っぽいよな」直感的にそう告げると、盛大にあくびを一つ。「……んじゃ寝るわ。おやすみ」
横になってすぐに寝息を立て始める少年を、魔王はしかし振り向かなかった。
なぜだか悪い気分はしなかった。
2015年 08月11日 10時26分 投稿
2016年 04月28日 14時55分 誤字修正




