結界内部
上下左右の感覚が戻ってきた。浮遊感が失せたのは、先ほどの無茶な一撃が結界内部の力を安定させたのだろう。
「あ……地面が戻った」
「うむ。旅の大地はせめて穏やかでなくてはな」
魔族の国を統べる王が穏やかに口角を上げる。
「そういう問題なのかなー?」
「まぁ細かいことは気にするな」
などと駄弁りながら歩いていると、「おお!」
「う……わぁっ……!」
二百年の時を超えて、滅びを引き起こした『杖』はその姿をそこに留めていた。
外見上は何の変哲もない杖である――そこに悪意を感じざるを得ないが。
「邪悪な意志のもとに奮われたから、邪悪な力となったのかもしれない」
「難しくてよくわかんないです」
「いらん考察は止すか」
スゴロクは苦笑を浮かべて、目線を斜め上に上げた。突き立てられた『杖』の周囲にみどり輝く蔓が巻き付き、青い光を放つ大輪の花が数多咲いている。
「イズマが植えたのかな……」
近づくと、花の傍らに石版が置かれているのを発見する。古代文字だ。それも魔界の。
「『作られた勇者のド根性と、その母たる我が弟子の偉業を称える』か。……粋な男だ」
魔王はまた口角を上げた。
そのまま石版に触れてみると、なんと動かせるようになっているようだ。ずいと動かしたその下に、「ぬぅ……これは?」
ちょうどカーヤの手と一致する手形のくぼみがあった。
「怪しすぎる」
「突撃してみるか」
「それしかないでしょ、えいっ!」
勇者がその手をくぼみに振り下ろすと、またもや地面が割れた。
「弟子が作った結界内だからと言って好きに遊びおったな、カリキュレイトめ」
「遊ばれてる気がしますねン……」
すかさず浮遊魔法を発動して急降下を防いだスゴロク達は、ふわふわと降りて地下へと向かう。
ややあって、ようやく大地の感触を足が取り戻した。
魔王は記録装置の具合を確かめ(絶好調)、「ローブは外してもよさそうだが」周囲を確認しつつ進む。
こちらの魔力に反応しているのか、土壁に一杯の光苔が淡く輝いて道を照らす。
眠る前の余技にしては、『魔王』といえども手が込んでいるように思えた。
「時折起きてきては細工をしたのか?」
「ヒマだったんでしょうかねぇ」
「やめてやれよ。そうだろうけどな」
談笑しつつ進むこと暫し。苔むした壁面は突如終わり、開けた場所に出た。歪曲された地下空間には、広大で古めかしい都市が鎮座していた。
「お決まりと言えばお決まりである」
「ですかね? スゴロクさん、上」
「前言撤回」
光苔の通路にどれほど遠大な魔法を用いているのか不明だが――。二人はいつの間にか、南洋の海底に到達していたらしい。
見上げる天井は空の色を映し、鯨などの海洋生物がまったりと泳ぐ。はるか上には『海』と呼ばれる海洋都市も浮かんで見える。
「『海』の下にも都市があったのだな」
「みたいですね。古代都市群って、意外と地下に全部残ってたりして……」
「あり得るから恐ろしい。さて、行ってみるか」
つくづく物怖じしない男である。カーヤは、なぜこの魔王が冒険者たりえるのかを理解した。
2016年 03月15日 13時40分 公開




