EP.10 鉄血の委員長・篠原翼
「付き合い始めたばかりで、二人そろって授業をサボるなんて、少し度が過ぎるんじゃない?」
「……は?」
不意に声をかけられ、箸を持つ手が緩んだ。ミートボールが床に落ちる。
声の主は形のいい眉をひそめ、慌ててそれを拾う俺を、汚いものでも見るような目で見ていた。
「それ……まだ食べるつもり?」
「食い物を粗末にしちゃダメだろ。まだ三秒ルールの範囲内だし」
「何が三秒ルールよ。くだらない」
呆れた顔で、彼女は言った。
今は昼休み。
クラスの連中はみんな昼飯を食っていて、もちろん俺もその一人だ。
購買で買ったミートボール弁当を半分ほど平らげたところで、こいつが机の前にやってきた。そして、腰に手を当て、いきなりさっきの質問をぶつけてきたのだ。
こいつの名前は篠原翼。うちのクラスの委員長だ。
四角いフレームの眼鏡をかけ、二本の三つ編みを肩に垂らした、いかにも優等生って格好をしている。
顔は結構可愛いが、いつも俺に八千万円でも貸しているような仏頂面だ。
はぁ。せっかく綺麗な顔してるのに、なんでこんな付き合いづらい性格なんだろうな?
(※生成AIを使用して制作した挿絵です。)
「……それで?」
「ん?」
「昨日、二人で学校を休んで、いったいどこに行っていたの?」
「ああ、昨日の話か……まあ、話すと長くなるんだよ」
「長くなる?」
「うん。いろんなところに行ったからな」
俺は肩をすくめた。できれば、昨日のことはあまり思い出したくない。
篠原は一瞬黙り込み、それから、むっとしたように目をしばたたかせた。
「ま、待って。まさか、付き合って初日から、一線を越えたんじゃないでしょうね……?」
「一線?」
「まだ高校生なのに、そんな不純なことをしていいと思っているの?」
「へえ~? 不純なことって、どんなことだ? 聞かせてくれよ~」
言いたいことを察した俺は、わざと耳に手を当て、彼女に顔を近づけた。
篠原は言葉に詰まり、羞恥と怒りで顔を真っ赤にした。
「参ったなあ。『一線』って何の線? 『不純なこと』って、どういうこと? さっぱりわかんねえんだけど~?」
「あなた……! ……!」
「説明してくれないかな、委員長様? ん? ん?」
今、鏡を持ってこられたら、自分の顔に向かって一発ぶち込んでしまうだろう。
それくらい、俺は腹の立つ顔をしていた。
はは。軽蔑されるかもしれないが、実はこいつをからかうのは、俺の密かな楽しみの一つなのだ。
だって、くそ真面目なやつほど反応が面白いんだもん!
女の子に意地悪してるとか言うなよ? いつも先に突っかかってくるのは向こうだ。
俺はやり返すついでに、ちょっと楽しんでいるだけなんだから。
「……最低ね、高橋広志」
篠原は冷たい顔で吐き捨てた。
「同感。女子高生をからかって楽しむなんて……本当に最低だね、広志さん」
ルビーまで、同じ顔で言ってきた。
黙れ、このピンクツインテール。さっきの「ん? ん?」は、お前の真似なんだぞ。
「で、結局何の用だよ、委員長? まさか、わざわざ説教しに来ただけじゃないだろ?」
「無断欠席扱いにされたくなければ、きちんと欠席の連絡を入れるように言いに来たの。それと、昨日は先生から保護者に連絡があったから、家の人もあなたの行動は把握しているはずよ」
「うちは放任主義なんだ」
「はぁ。でしょうね」
「へへ」
「それから、一ノ瀬さんが今日来ていない理由を、何か知らない? 昨日は一緒にいたんでしょう?」
「まあ、そうだけど……」
そう聞かれたって、俺にも答えようがない。
昨日の夜、十一時過ぎには、確かに霞はうちにいた。
ずぶ濡れで殺気を漂わせながら、妹を抱いて帰ってきた俺と鉢合わせした。しかも、俺たちの関係を誤解していたらしい。
幸い、最後には誤解も解け、何事もなく済んだ。
霞が連絡すると、十五分後には家の前に高級車が現れ、あいつを乗せて帰っていった。
帰り際には、俺の頬にキスまでして、こう言ったのだ。
『明日も会えるの、楽しみにしてるね、広志くん♥』
だから、今日どうして学校に来ていないのか、さっぱりわからない。
可能性が高そうなのは、風邪でもひいたってところだろうか。
あの土砂降りの中、あんなに長く、一人きりで立っていたんだ。寂しさにも、寒さにも耐えながら……
そう考えると、胸が痛んだ。
……胸が痛む?
なんで、俺を殺したやつのために、胸を痛めてるんだ?
…………
矛盾した感情が込み上げてきた。
どう受け止めればいいのかわからず、俺は眉をひそめ、苦いものでも飲み込んだような顔になった。
「あなたに何か連絡は来ていないの?」
「……いや。朝、LINEを見たときは何も来てなかったし、今日はまだやり取りしてない。風邪でもひいて、寝てるんじゃねえの?」
「メッセージを送って、確かめてみたら?」
「それは……」
うーん。どうしたもんかな。
霞に何があったのかは、確かに気になる。
だけど、今は事情が事情だ。
できれば好感度を上げたくないんだよな……
むしろ、別れたいなら、ここは放っておいて、薄情な男だと思わせるべきじゃないのか?
迷いが顔に出ていたらしい。委員長様は、それを見逃さなかった。
「高橋広志。あなた、本当に最低ね」
「なんだよ?」
「彼氏なら、こういうときに連絡して心配するのも、恋人としての甘い義務でしょう? それなのに、その反応は何?」
篠原は信じられないという顔で腕を組んだ。
まるで、絶対に許せない人間を目の前にしたように、全身から怒りを漂わせている。
「なんでお前が怒ってんだよ。俺、お前にいくら借金してんだ?」
「あなたがこんなに最低な人だなんて、信じられないだけ。付き合って二日目で、病気かもしれない彼女を放っておくなんて、それでいいと思っているの?」
「『それでいいと思っているのぉ~?』って、いっつもそればっか。うるせえんだよ!」
俺は思いっきり腹の立つ顔で、こいつの口癖を真似してやった。
それが、篠原を完全に怒らせたらしい。
眉を吊り上げ、怒りで全身をこわばらせている。
怒鳴りたいのはわかるのに、喉から出てくるのは「あなた……! あなた……!」だけだった。
やがて、篠原は足を強く踏み鳴らし、深く息を吸った。どうにか怒りを押し殺してから、言った。
「ついてきて」
「おい、待っ……! 何すんだ……!」
俺は強引に教室から引っ張り出された。
──篠原翼。
うちのクラスの鉄血の委員長。
成績優秀で、規則はきっちり守る。正義感がやたらと強く、どんな些細なことにも口を出さずにはいられない、頭の固いやつだ。
俺みたいな気ままな人間とは、まさに天敵同士だった。
だけど、そのときの俺は、まだ気づいていなかった──
いつも俺とぶつかってばかりのこの女が、俺と霞の恋愛のもつれに巻き込まれることになるなんて。
しかも、俺が想像するより、ずっと深く。




