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彼女を振っても刺されない方法って、ある?  作者: 柊弐男
第一章 恋の吉兆、死の予兆
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EP.03 死神の甘い呼び声

 あの子に告白されたのは、昨日の昼のことだった。


「わ、わわ……私、あなたが好き……つ、付き合ってくれませんか? ひ、ひひ……広志くん……」


 正直、ずいぶんたどたどしい告白だった。

 噛みまくるし、俺の名前すらまともに言えない。

 だけど、その真剣な気持ちだけは、間違いなく本物だった。

 だから、俺は頷いた。


 霞と知り合って、半年ほどになる。

 高校二年の二学期に転校してきた俺は、たまたま彼女の隣の席になった。それが、すべての始まりだった。


 美少女と呼んで差し支えない容姿で、おまけに金持ちの女の子を、どうやって落としたのかって?

 別に、落とそうとしたわけじゃない。普通に接していただけだ。

 たまに話して、たまに軽口を叩き合って……いつの間にか、お互いを意識するようになっていた。


 ピンチを救ったわけでもない。

 運命の出会いなんかでもない。

 ただ普通に知り合って、普通に仲良くなって、普通に好きになった。

 世の中の恋愛なんて、だいたいそんなものじゃないか?

 気づけば深みにはまっていて、抜け出せなくなっている。


 俺が期待していたのは──そんな、普通の恋愛だった。



 /////////



「幽霊か幻覚かわからないものが見える? どういうこと?」


 ガラステーブルの向かいに座る霞は、俺の話を聞くなり眉をひそめた。


「それが……はぁ、俺にもよくわかんないんだよ」


 コーヒーを何口か飲んでから、俺は今朝の出来事を順に話し始めた。

 ピンクのツインテール。宙に浮かぶ体。

 そして、「神様」の命令で俺を助けに来たという、自称・使者。


 ただ、一番肝心なことだけは話さなかった。

 五年後、俺は自分の彼女に殺される──なぜか、そのことを霞には言わなかった。

 ただの「幻覚」がでっち上げた設定にすぎないはずなんだが、なぜか、口にしようとするたび、心のどこかがそれを拒んだ。


 言ってしまったら、何もかも終わってしまう。そんな気がした。

 理由はわからない。

 ただ、本能的に、彼女に告げるのが怖かった。


「そっか。だいたい事情はわかったけど……」


 霞はコーヒーを何口かすすり、何かを考えるように目を伏せた。


 今日は登校日なので、当然、俺たちは制服姿だ。

 彼女は朝からわざわざ家の近くまで来て、一緒に学校へ行こうと待っていてくれた。だけど結局、学校には向かわず、街中のカフェで人生相談を始めることになった。

 ぶっちゃけ、サボりである。


「広志さん、お父さんが外でどれだけ苦労してお金を稼いでるか、わかってるの?」

「……」

「学費だって毎学期あんなに払ってるのに、学校をサボって勉強しないなんて、よくないと思うよ?」


 幻覚さんは腕を組み、いきなり説教を始めた。

 うるせえ。そもそもお前のせいだろが。

 他人事みたいな顔をした幻覚野郎を睨みつけた、そのとき──向かいから鋭い視線が突き刺さった。


「──広志くん。今の話、私に何か隠してるよね?」

「え?」

「その幻覚って、男の子? 女の子?」

「…………は?」


 コーヒーカップを持ち上げた姿勢のまま、俺は固まった。


「広志くん、これ、大事なことなの。ちゃんと答えて」

「…………」

「その幻覚は、男の子なの? それとも、女の子?」


 いつもの優しく明るい雰囲気はどこへやら。

 霞は突然、全身から殺気を放ち始め、俺はすっかり面食らった。


「あいつは……その幻覚は……」

「うん、うん」


 俺はおそるおそる視線を動かし、左側でふてくされている幻覚さんを見た。


「ピンクのツインテールで、歳は俺たちと同じくらいで、天女か妖精みたいな、袖のないワンピースを着てて……」

「つまり、女の子なんだね?」

「…………はい」


 ピシッ。

 霞の手の中で、コーヒーカップにひびが入った。


「か、霞さん?」

「…………」

「どうしたんだよ。なんか、いつもと雰囲気が違うような……?」


 霞は答えなかった。

 うつむいたままカップの取っ手を握りしめ、その両肩ははっきりと震えていた。


 俺はごくりと唾を飲んだ。

 知り合って半年になるけど、彼女がこんなに怒っているところなんて、一度も見たことがない……


「私がちゃんと大事にしてあげてないから、そんなものが見えるの?」

「……は?」

「私に魅力がないから、ほかの女の子の幻覚なんて見るんだ……」


 霞はうつむいたまま、ぽろぽろと涙をこぼした。

 俺は慌てて紙ナプキンを何枚か取り、彼女に差し出した。

 でも正直、内心ではちょっと呆気に取られていた。


「あのさ、霞……」

「なに……」

「まさか、たかが幻覚に嫉妬してるのか?」

「「た(・)か(・)が(・)幻(・)覚(・)って何よ!」」


 二つの声が、ぴったり重なった。


 …………

 あ、頭が痛い……


「とにかく、俺の頭が勝手に作ったものなんだから、気にしなくていいって」

「うぅ……」

「それに、幻覚なんかのために、お前と別れるわけないだろ?」

「ほんと?」

「ほんと」

「よかった……」


 ようやく霞の表情が和らぎ、彼女は目元を拭った。


「今日は会いに行くのが遅くなっちゃったから、広志くんのこと、大事にしてないって思われたのかと……」

「遅く?」

「うん……」


 彼女は後ろめたそうに視線をそらした。


「……霞、何時からうちの近くにいたんだ?」

「四時半」

「ああ、四時半か──四時半んん!?」


 俺は危うく椅子から転げ落ちそうになった。


「朝の四時半から、一緒に学校行くために、うちの近くで待ってたのか!?」

「ご、ごめんね。本当は、もっと早く来るつもりだったんだけど……」

「なんでそんな早く来るんだよ!? 学校は八時半からだぞ、八時半!」

「だって……広志くんを待ってる時間が好きなんだもん」

「俺の心が休まらねえよ!」


 勘弁してくれ。

 自分が寝てる間、外では忠犬みたいな彼女が「おはよう」を言おうとスタンバイしてるって?

 悪夢でも見せる気かよ?


「次から、こんな早く来るのは禁止。いいな?」

「でも……」

「一緒に学校行きたいなら、七時半に待ち合わせればいい」

「七時……」

「半」

「七時十五分?」

「値切ってんじゃねえ~~~!」

「うぅ……わかった」


 霞は不満そうに唇を尖らせたが、最後には素直に頷いた。


「じゃあ、約束だよ? これから毎日、一緒に学校行こうね?」

「毎日?」

「……だめ?」


 彼女はおずおずと目を上げた。

 期待と、断られることへの不安が入り混じったその顔を見たら、俺は出かかったツッコミを飲み込むしかなかった。


「……べ、別にいいけど」

「えへへ、広志くん、大好き♥」


 彼女はたちまち泣き顔を笑顔に変え、テーブル越しに俺の手をぎゅっと握った。

 胸がどきどきして、自分の鼓動が聞こえてきそうだった。


 ちょっとべったりで、ちょっと心配性で、たまに呆気に取られるようなこともするけど……

 たぶん、初めての恋愛で舞い上がってるだけだろう。

 少なくとも、今の俺はそう思っていた。


 こ(・)の(・)子(・)は(・)悪(・)い(・)子(・)な(・)ん(・)か(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)。


 お互いに初恋なんだから、未熟なところがいろいろあって当然だ。

 意見が合わないことも、喧嘩になることもあるだろう。

 だけど、ちゃんと話し合えば、きっと何だって解決できる──


 あれ? 本当にそうなのか???


「……?」


 重なった手から、彼女のぬくもりが伝わってくる。近くにいる彼女からは、甘い香りがした。


 なぜか突然、腹に痛みが走った。

 俺は無意識に腹を押さえた。

 何か冷たいものが、かつてここを貫いたような気がした。


 痛い?

 いや、何もない。

 何もないはずなのに……



『ヒロ……♥』



 頭の奥で、声が響いた。

 狂おしく、病的で、それなのに愛に満ちた声だった。


 気がつけば、背中は汗でびっしょりだった。

 俺は命からがら逃げるように、彼女の手を振り払っていた。


「広志くん……?」


 霞は戸惑った顔をしていた。

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