EP.02 もう死んでいる
「広志さん、あなたはもう死んでいるのです」
朝、ベッドで目を覚ました俺は、とんでもない光景を目にした。
見ず知らずの女の子が俺の真上に浮かんでいて、開口一番、中二病全開の台詞をぶつけてきたのだ。
彼女は、ずいぶん幻想的な姿をしていた。
宝石みたいな桜色の瞳。
ピンクの長い髪は、大きな真珠の髪飾りでツインテールにまとめられている。
華奢な体を包むのは、袖のない純白のワンピース。
まるで、どこかのアニメから抜け出してきたような女の子だった。
そして何より──飛んでいる。
「…………」
そう。
この女の子、空を飛んでいるのだ。
天井近くにふわふわ浮かびながら、首をかしげて俺を見ている。
俺も首をかしげて、彼女を見返した。
今ここに鏡を持ってきたら、俺たちはたぶん、似たような顔をしているんだろう。
「いいですか、広志さん。あなたはもう死んでいる。一度、死んでるんですよ」
「……」
「今、何もしなければ、五年後にまた死んじゃう」
「……」
「でも──心配ご無用! 今回は、この使者様がついてるんだから!」
彼女は得意げに「ふっふーん」と鼻を鳴らすと、右の拳を高々と突き上げ、やる気満々のポーズを取った。
「よーし! それじゃ、元気よくあの子に別れを切り出しに行こう! レッツゴー~!」
「…………」
やべぇ。
俺の目か、頭か。
どっちかがイカれた。
(※生成AIを使用して制作した挿絵です。)
/////////
彼女の話によると、高橋広志は五年後に死ぬらしい。
そして彼女は、命令を受けて俺を助けに来た存在なのだという。
誰の命令か? 神様。
何のために? 今度こそ俺が刺し殺されずに済むように、だ。
どうやら未来の俺は、彼女とどう別れればいいのか悩みに悩んだ挙げ句、最後の話し合いで、そのまま命まで落としたらしい。
つまり──
五年後の俺は、自分の彼女に殺される。
…………
この設定、幻覚が自分で考えたのか? それとも俺の脳が幻覚とセットで自動生成したのか?
「あのさ、親父……」
「どうした?」
「ひょっとして、うちって代々、幽霊が見える家系だったりする?」
朝食の席。
トーストをかじりながら、向かいに座る親父にそう尋ねると、親父はぴたりとナイフとフォークを止めた。
なに? 俺が一体何わけわかんねえこと言ってんだって???
俺だって知りてえよ、くそ。
親父は三秒ほど俺を見つめてから、財布から名刺を一枚抜き出し、こちらへ差し出した。
「中学の同級生だ。今は心理カウンセラーをしている。今日は学校を休んでいいぞ」
「ありがたく頂戴いたします」
マジでその名刺を受け取ってしまった。
親父は仕事用の鞄を持ち、出がけに、知的な印象の縁なし眼鏡を指で押し上げた。
「広志。父さんがいつも忙しくて、お前たちの面倒をあまり見てやれないのは、わかっているだろう。お兄ちゃんなんだから、自立できるようにならないとな」
「……」
「心の問題だからといって、治療から逃げてはいけない。『幻覚』は、放っておいても消えないぞ」
「はは……ははは……」
くそ。親父なりのツッコミだと信じたい。
/////////
うちは父子家庭だ。
母さんは、俺が二歳のとき、難産で亡くなった。だから、母さんのことはあまり覚えていない。
幸い、死神は妹の命までは奪わなかった。
妹は無事に生まれた。ただ、母さんは乗り越えられなかったのだ。
悲しみが深すぎたせいなのか、それ以来、親父は仕事に没頭するようになり、俺たち兄妹と過ごす時間もほとんどなくなった。
長男の俺に、親父が望むことは一つだけ。
早く自立して、妹の面倒を見られるようになること。
俺もそれを自分の責任だと受け止め、できるだけ頼れる兄貴であろうとしてきた──
そうやってストレスが積もり積もった結果、ついに美少女の幻覚という形で爆発したのかもしれない。
「…………」
このストレス、ちょっと萌えすぎじゃね?
いやいやいや。
どう解釈したって、自分で納得できないんだけど……
俺は首を振り、妹の部屋のドアの前に朝食を置いた。
それからLINEでメッセージを送り、通学鞄を手に玄関へ向かう。
「~~♫」
幻覚さんは、さも当然のように後ろからついてきた。しかも、知らない歌まで口ずさんでいる。
くそ、どんどん怖くなってきたぞ。
俺はそそくさと家を出て、朝の日差しを浴びた。
春になったばかりの外には、まだ冬の名残がある。柔らかな日差しが、その寒さを少しだけ和らげてくれた。
…………消えねえな。
もしかしたら幽霊なんじゃないか、と一縷の望みをかけていたのだ。日光に当たれば、灰になって消えてくれるかもしれない、と。
ところが、あのピンク頭は相変わらず、ぴんぴんした様子でそこに浮いていた。
「……おいおい、どうなってんだ? 最近の幽霊って調子乗りすぎなんじゃね? 太陽も怖くないのか?」
「ん~?」
「しかも空中で寝そべって日光浴してやがる……」
頼む、誰か俺のSAN値を守ってくれ。このままじゃ本当におかしくなる。
こいつが俺の潜在意識の生み出した美少女の幻覚だっていうくらいなら、まだ幽霊のほうがマシだ……
「はぁ……本当に精神科に行くしかないのか……」
「精神科?」
「くそ、俺はどんだけ欲求不満なんだ? こんな二次元キャラの幻覚を見るなんて、医者に笑われるんじゃねえか?」
「こら──! 誰が二次元キャラだ──!」
幻覚さんはそうツッコむと、俺の脳天めがけて手刀を振り下ろした。
残念ながら、幻覚である彼女は俺に触れられないらしい。
白く華奢な手は、そのまま俺の頭をすり抜けた。
「この使者様の姿をよく見ろ! そんな薄っぺらで中身のないアニメキャラに見える!?」
「……」
どこが違うんだ?
「まあ、確かにピンクの髪はちょっとファンタジーっぽいけど。でもね、よく見て。私はちゃんと立体なんだよ」
「立体?」
「そう! こうやって横を向いても、紙みたいに一本の線にはならないでしょ? つまり、私は三次元の存在ってこと。ふふん!」
彼女は腕を組んでうんうんとうなずき、いかにも得意げな顔をした。
「…………なるほど、わかった」
「おお、やっとわかってくれたか!」
「どうやら俺、3Dモデリングの才能があるらしい。ストレスで幻覚が見えても、脳が勝手にモデルまで作ってくれるなんて……」
「違うってば────!」
幻覚さんはヒステリックに叫び、俺の周りを飛び回って抗議した。
俺はそれを無視して、今日は学校を休んで病院に行くべきかと、本気で考え始めた……
「あっ、広志くん! やっと来てくれた!」
「……?」
聞き慣れた声が前からした。
道の先に立つ女の子が、満面の笑みで俺に手を振っている。
「霞……?」
──一ノ瀬霞。
昨日、俺の彼女になったばかりの女の子。
そして、あの怪しい幻覚いわく──五年後に俺の命を奪う相手でもある。




