EP.13 翼の未来
俺と委員長は、先生に教えてもらった住所を頼りに、ここまでたどり着いた。
だけど、目の前の建物は、どう見ても屋敷とは似ても似つかない。
まぶしい照明。
あちこちから響くゲームの効果音。
騒がしい人の声。
入り口には『太鼓の達人』が三台も並んでいる──
委員長は、住所は間違いなく書き写したと言っているけど……
そうは言うけどさ……
どう見ても、どこから見ても、どの角度から見ても──
ここ、ゲームセンターなんだけど?
「…………」
俺は盛大に白目を剥いた。
「…………」
委員長の口元も引きつっている。どうやら、こいつにも受け入れがたい光景らしい。
駅前の商店街だけあって、人でごった返していた。
放課後のこの時間、店内には近隣の学校の生徒が集まり、みんな楽しそうにゲームに興じている。
「…………」
どう見ても、人が住む場所じゃない。
霞がタイトーステーションに住んでいるか、嘘の住所を届け出ていたか。どちらかだろう。
十中八九、後者だろうな。
「…………で、どうする? 遊んでく?」
レースゲームの筐体を一台、指さしてみた。
「冗談はやめて」
委員長は誘いを断り、背を向けた。
はぁ。だよな。
優等生がこんなものに興味を持つわけないか。
俺はつまらなそうに頭を振り、篠原と一緒にその場を離れたが──
数歩進んでから、ルビーがついてきていないことに気づく。
どうしたんだ?
振り返ると、あいつは元の場所に残り、興味津々といった様子で店内を眺めていた。
「おい、ルビー」
「──」
「何してんだ? 置いてくぞ」
「……わかってるよ」
ルビーは渋々ついてきた。
それでも、名残惜しいのか、こっそりもう一度振り返った。
「…………」
ワンピースに包まれた姿は相変わらず可憐なのに、その顔には失望と寂しさが滲んでいる。
名残惜しそうな様子を見て、ふと妙なことを思った。
──まるで、おもちゃ屋のショーウィンドーの前で、ほかの子が遊ぶのを指をくわえて見ているしかない子供みたいだ。
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「あなた、いつも何もないところに向かって独り言を言っているの?」
帰り道、篠原が憐れむような口調で言った。
危うく転ぶところだった。
「な、なんでそう思うんだ?」
「さっき、ゲームセンターを出る前に、振り返って何か話していたでしょう?」
「……」
「それに、お昼に学校のトイレにいたときも、誰かと何か相談していたように聞こえたけど……」
「……」
「…………って、もしかしてあなた、自分の(──)と会話してるの!?」
委員長は急に顔を真っ赤にして激昂し、目をパチパチさせながら頭から湯気を噴き出しそうな勢いで詰め寄ってきた。
おい、その(──)って何だよ、(──)って。ちゃんと説明しろよ?
「ある本で読んだことがあるわ。思春期の男子っていうのは、自己愛が行き過ぎるあまり、自分の身体の一部に異常なまでの愛着を抱き、それを相棒に見立てて愛称までつけるって……まさかあれは本当だったの!?」
お前はいったいどこでどんな変な本を読んだんだよおおおお!
だが──
「へえ──、よくわかってんじゃん。その通り、俺はこいつと話してたのさ」
面白そうだったから、俺は否定せず、あえてその話に乗っかることにした。
片手で顔を覆い、もう片方の手を腰に当て、ジョジョ立ちよろしくこれみよがしに腰をグッと前に突き出してみせた。
「やあやあ、どうもどうも。こいつは俺のスタンド、『占い鳥』だ。名前の通り、あらゆる真実を占いで見通す能力を持っている」
「……何それ。馬鹿馬鹿しい」
「ふふふ……そんなことを言うのは、お前が何も分かっていない証拠だ。なら、今すぐこいつの力を見せてやろうか?」
俺はちらっとルビーに目配せをした。
ルビーは最初こそポカンとしていたが、すぐに意図を察したのか、小さくウィンクして親指を立ててみせた。
よし、役者は揃った。何をネタにハッタリをかましてやろうか?
どれどれ……よし、あれで行こう。
俺はジョジョ立ちのポーズをキープしたまま、片手で顔を覆って不気味に笑ってみせた。
「ふふふ……『占い鳥』がすべての真理を教えてくれたぞ。今の俺には、この世に見通せない秘密など何一つない」
「もうその話はお腹いっぱいだから、早く帰るわよ。私、予習しなきゃいけないんだから、あなたの悪ふざけにつき合ってる暇はないの……」
「お前の今日のパンツの色──ひひひ、ちょっと当ててみようか?」
今の俺が鏡を見たら、通報されても文句が言えないほどのゲスい笑みを浮かべた自分が映っていたに違いない。
ルビーは「まさかこの人間、ここまで救いようのないゲスだったとは……!」とでも言いたげな、心の底から軽蔑しきった目を向けてきた。
不満タラタラだったが、さっき協力すると約束した手前、今さら断れなかったらしい。
ルビーは嫌々ながらも篠原の足元へふわふわと飛んでいき、まるで背泳ぎでもするような体勢で、下からスカートの中を覗き込んだ。
「赤だよ、この変態!」
「お──? おほほほっ? ふむ、これはこれは……委員長、なかなか攻めたチョイスをしてるじゃねえか」
「な、何よ勝手に……!」
委員長が少し動揺した。
「まさか、お堅い委員長様がそんな派手な色の下着をつけてるなんてなぁ──おっと、これはもしかして勝負下着ってやつか? へえ、今日は一体誰と『決戦』する予定なんだ? ん? ん?」
「なっ、バカ……! 変なこと言わないで……!」
ふざけた笑みを浮かべる俺を前に、委員長は必死に動揺を押し隠そうとしていた。
だが、額にじっとりとにじんだ冷や汗が、そんな彼女を裏切っていた。
俺はもったいぶって、顔を覆っていた手をゆっくりと離し──最後にビシッと篠原を指さした。
「答えは赤、間違いないな?」
「ひっ……!」
「おっと、驚くのはまだ早いぜ。今のは俺様の能力のほんの一部だ。その気になれば、未来だって見通せる」
俺が全力ではったりをかますと、理性派の篠原まで、さすがに目を泳がせ始めた。
「そ、それって……本当?」
「そう。全部本当だ」
「特別な力、ということ?」
「その通り」
俺は頷くと、ふざけるのをやめた。
篠原の前へ歩み寄り、細い肩に片手を置く。
「だから、俺にはお前の未来が明るいってわかるんだよ、委員長」
「──」
「自分の見た目に自信がないみたいだけど、実はお前のことをいいと思ってるやつ、結構いるんだぞ。いいか? お前は将来、大人気のモデルになる。どれくらい人気になるかって? モデル業界じゃ右に出る者がいない、国民的アイドルに近いくらいだ」
この委員長を待っている未来を、俺はすらすらと語った。
篠原について、詳しいことを覚えているわけじゃない。
高校二年の三学期──つまり、もう間もなく、あいつは何らかの事情で慌ただしく転校してしまう。それきり、俺たちは一度も会っていない。
もちろん、その後に開かれた高校の同窓会にも、あいつは来なかった。
それでも、同級生たちの口から、篠原のことは耳に入ってきた。
二十二歳。
普通なら学校を出たばかりで、仕事探しに追われている年頃に、篠原はすでに誰もが知る有名人になっていた。
大学時代に芸能事務所に見いだされ、思いがけずモデルの世界へ。そこから、華々しい人生が始まったのだ。
モデルなら、顔がいいことも、スタイルがいいことも、基本中の基本だ。
篠原がほかと違ったのは、豊かな知識から滲み出る知性と、自分を厳しく律する清廉な人柄だった。
売れっ子モデルなのに、悪い噂がまるでない。
全身から凛とした気品が漂い、美しくて、格好いい。
チャリティー活動にもよく参加し、「いじめ防止」を訴えるキャンペーンのイメージキャラクターにまでなっていた。
「あなた……どうして、そんなことがわかるの……?」
委員長は赤くなった顔を上げ、落ち着かない視線を向けてきた。
「言っただろ? これが俺のスタンド能力だって」
肩から手を離し、背を向ける。格好をつけてみせたけど、本当は寂しさを隠したかっただけだ。
──もう、あと何日もない。
こうしてこいつと普通に話せる日も、あと何日も残っていない。
もうすぐ、俺たちは別々の道を歩き始める。そして、二度と交わることはない。
あいつは華やかなスターへの道を進み、俺なんかじゃ到底手の届かないところで、光り輝くのだ。
そう考えると、からかうなら今のうちだ、という気持ちが湧いてきた。
残念ながら、この真面目な空気では、これ以上ふざけられそうにない。
……やれやれ、惜しいことだ。
「言っていることが、よくわからないわ、高橋」
「自分を低く見すぎるなってことだよ、委員長」
お前には、お前の魅力がある。他人を羨む必要なんてない。
だけど、そんな台詞は、あまりにも高橋広志らしくない。結局、心の中にしまったまま、口には出さなかった。
当然、篠原に俺の胸の内がわかるはずもない。
あいつはじっと俺を見つめていた。揺れる瞳には、戸惑いと、何とも言えない感情が入り混じっている。
………………
…………
……
いや、待て。
何か、おかしくないか?
外のことを意識から締め出し、頭の中の記憶を一心に探った。
急に口を開けたまま動かなくなった俺は、傍から見ればフリーズしたように見えたことだろう。
「広志さん? もしもーし、寝ちゃったの~?」
隣でルビーが、呆気に取られたように声をかける。
「高橋……?」
篠原も不思議そうに俺を見ていた。
委員長の整った顔を、見つめ返す。
まだ成長の途中で、幼さは残っている。それでも、この先の数年で、目を引くほど美しくなることは想像できた。
電流のように、一つの映像が頭を駆け抜けた。
今の委員長の顔を見つめながら、記憶にある五年後の姿と重ね合わせる。
テレビに映っていた篠原翼は、確かにもっと魅力的で、大人びていて、女性らしくなっていた。
それに、今よりよく笑っていた。
──だけど。
どうしてだ?
記憶の中のあいつの、非の打ちどころがないはずの顔には……
鼻筋を横切るように、その美貌を台無しにしかねないほどの大きな刀傷が残っていた。
~第三章 委員長と一ノ瀬んちへ(完)~




