EP.12 一ノ瀬家の屋敷へ
だったら、ちゃんと責任を取りなさいよ。
篠原はそんな誤解を招きそうな台詞を理由に、俺を強引に霞の家へ連れていくことにした。
放課後の街は、夕日に照らされて綺麗な黄金色に染まっていた。カップルがいちゃつくには、もってこいの時間帯だ。
そんな道を、俺と委員長は肩を並べて歩いている。
お互い無言とはいえ、同じくらいの年で、同じ制服を着ているんだ。周りに誤解するなというほうが無理だろう。
「…………」
やべえ。天は俺を見捨てた。
いや、俺を殺そうとしてるのは天じゃなくて、篠原だ。
妙にいい雰囲気の光。
静かな通り。
初々しい制服姿。
肩と肩の間の、微妙な距離……
くそ、どう考えても誤解される流れじゃねえか!
先生に申込書を回収してくるよう頼まれたのは篠原なのに、なんでこの高橋広志まで巻き込むんだよ?
そんなに高橋広志が刺されるショーを見たいのか!?
確かに、一ノ瀬家の屋敷がどんなところなのかは気になる。
だけど、好奇心より身の安全だ。
目的地が霞の家ってことは、近づけば近づくほど、あいつに鉢合わせする可能性も高くなるんじゃないのか?
刺されたときのことを思い出すと、冷や汗が止まらなくなる……
びくびくしている俺とは対照的に、委員長は隣を悠然と歩いていた。
眼鏡越しに手元のメモを見つめ、少し不思議そうに眉をひそめる。
「一ノ瀬さんの家、市の中心部の近くみたいね」
「…………」
「どうしたの? 顔色が悪いけど、具合でも悪い? まさか、一ノ瀬さんの風邪がうつったの?」
「は……はは……」
怖くて青ざめてんだよ。
右を見て、左を見て、背後からナイフが出てこないか、常に警戒していないと──
いや、ナイフじゃなくて、ドライバーか。
「悪かったわね、高橋。嫌な思いをさせて」
不意に委員長の声が沈み、顔にも落ち込んだような表情が浮かんだ。
「私みたいに口うるさい地味な女と歩くなんて、うんざりでしょう?」
「……え?」
「気持ちはわかるけど、もう少しだけ我慢して。今日だけでいいから。相手はあなたの彼女でもあるんでしょう?」
「……」
「それに──あなたがいないと、あの子と何を話せばいいのかわからないの」
篠原は何か考えるように視線を落とした。四角い眼鏡の奥で、その目が少し陰っている。
今、自分のことを「地味な女」と言ったけど、とんでもない思い違いだ。
実は、知り合いの何人かとは、篠原は霞にも負けないポテンシャルの持ち主だと、よく陰で話している。
顔もスタイルも、霞ほど完璧じゃないにせよ、かなりのものだ。
胸はあるし、尻も形がいい。何より顔立ちが整っている──仏頂面をしていなければ、だけどな!
間違いなく、篠原も霞も美人の素質がある。
ただ、どっちも性格に難があるせいで、周りが尻込みしているのだ。
「俺とあいつ──霞が付き合い始めたって、どうして知ってたんだ?」
話題を変えようと、唐突に尋ねた。
付き合ってまだ二日目だ。そんなに話が広まっているとも思えない。
篠原は眼鏡の位置を直してから、答えた。
「見たから」
「見た?」
「あの子が校舎の裏で……あなたに告白しているところ」
委員長は胸元に片手を添え、視線を落とす。照れているのか、それとも別の理由なのか。
「……俺が断ったか、付き合うことにしたかまでは、わかんねえだろ?」
「断る理由なんてないでしょう? あれだけ条件のそろった相手なのに」
「……」
「それに、そんなことは見ればわかるわ。あなたと一ノ瀬さんが両想いなのは、二人のやり取りを見ていれば」
「……なんだよ。俺たちのやり取りまで見てたのか?」
「当然よ。クラスの人間関係を把握するのも、委員長の務めだから」
「おや? 授業中、こっそり俺を見てたからじゃないのか?」
わざと軽薄なことを言ってみた。急に暗くなったこいつを、ちょっとからかってやるためだ。
案の定、さっきまでしょんぼりしていた篠原は目を丸くし、見るからに動揺した。
だけど、俺にからかわれていると気づいたのだろうか。
彼女は足を止め、胸に手を当てて深呼吸すると、無理やり動揺を押さえ込んだ。
「……高橋広志。あなた、本当に最低な男ね」
「~♫♫」
「もう彼女がいるのに、ほかの女の子にそんなことを言って。それでいいと思っているの?」
「それでいいと思っているのぉ~?」
俺は両手を頭の後ろで組み、傾いた夕日に顔を向けながら、ふざけた顔で隣の説教の鬼を真似してやった。
そう、説教の鬼。
こいつにぴったりのあだ名だ。
いつも自分が道徳的に正しい側に立って、正義を振りかざし、上から俺を説教する。鬼教官と変わらねえ。
親父だって、ここまで口うるさくないぞ!
また怒り出すだろうと思っていた。
だけど、どんな心境の変化があったのか、篠原は「ぷっ」と吹き出した。
「何、その顔……面白いんだけど……」
「……お前、何かに取り憑かれた?」
呆気に取られた。こいつが笑うところなんて、初めて見た。
「何よ、それ。同い年の女の子にそんなことを言って、それでいいと思っているの?」
「…………」
「でも、一ノ瀬さんも、あなたのそういうところを好きになったのかもしれないわね」
篠原は目を細めた。その顔には、まだ楽しげな笑みが残っている。
夕日を浴びながら、彼女は続けた。
「誰に対しても遠慮がない。大雑把に見えて、実は細かいところに気を配っている。相手の気持ちを考えて、周りの偏見に流されず、誰にでも平等に接する──」
「…………」
「そういう、あなたなりの生き方が羨ましいの。自分の中にきちんと基準があって、それだけを頼りに行動している。周りに何があっても、揺らがない」
いつの間にか、その表情は真剣になっていた。同時に、瞳の奥にはどこか引け目を感じているような色もあった。
「そういう人って、格好いいと思う」
「……」
「高橋。あなたには、人に嫌われるのを恐れない勇気がある。だからこそ、みんなに慕われるんだと思うわ」
「……」
少し黙ってから、俺は笑った。
「いや、買いかぶりすぎだろ、委員長。俺なんて、空気も読めない自己中のバカ高校生だぞ。どこが格好いいんだよ?」
そうだ。
俺はイケメンでもなければ、格好いいやつでもない。
おまけに、しょっちゅうくだらない馬鹿なことばっかり言っている。
高橋広志は、そんな普通の男子高校生だ。
もし現実がラノベだったら、俺は絶対に主人公じゃない。場を盛り上げるための、脇役のお笑い担当だろう。
「いつも子供っぽいことばかりしているけど、本当は中身は大人なんでしょう?」
「?」
「さっきも、私の気持ちを気にして、わざと変な顔をして話題を変えてくれたんでしょう」
「……いやいやいや。俺はただ、ふざけて楽しみたかっただけだから。頼むから持ち上げないでくれ」
今日の委員長、どうしたんだ?
変な薬でも飲んだのか?
なんでいきなり俺をべた褒めしてんだよ?
最初から黙って後ろをついてきているルビーに目を向けた。
あいつは肩をすくめ、まるで「ほら、私の言った通りでしょ?」とでも言いたげだった。
まさか、篠原は本当に俺に好意を持ってるのか……?
篠原の横顔を見た。笑っているこいつには、人を惹きつける魅力がある。
均整の取れた顔立ちは工芸品のように綺麗で、それでいて素朴な可愛らしさも失っていない。
あの重たげな優等生眼鏡を外せば、きっと品のある美人になる。
いつも俺といがみ合っている篠原が、今は笑顔で褒めてくる。落ち着かなくて仕方がない。
ぶっちゃけ、気味が悪い。
「何か、そうなった理由があるんじゃないかと思うの、高橋」
「……?」
「公平であろうとして、偏見を持たずに人と接するようになった理由。あなたは『いじめ』や『仲間外れ』を、ひどく憎んでいるように見えるから。自分なりのやり方で周りに働きかけて、そういうことが起きないようにしているんでしょう」
「…………」
「前の学校でのことは、少し聞いているわ。頑なに自分の正義を貫いた結果、転校を勧められたことも。でも、あのやり方は間違っている。私は認められない」
「委員長、お前──」
「着いたわ」
問いかけるより先に、篠原は足を止め、強引に話を打ち切った。
目の前の建物を見て、俺は開いた口が塞がらなくなった。
隣の篠原も手にしたメモを持ち上げ、書き写した住所と目の前の住居表示を何度も照らし合わせて、場所を間違えていないことを確かめた。
「…………」
「…………」
だけど、目の前の建物は、どう見ても屋敷とは似ても似つかない。
つーか、ここ、そもそも人が住む場所じゃねえだろ!?




