第51話 諦めない心
その言葉は、胸の奥にしまい込んでいた宝物を、そっと取り出すような声だった。
誰も口を挟まない。
日和は照れくさそうに笑う。
「世界中を旅して。」
「いろんな人に会って。」
「その土地の文化とか、景色とか、人の暮らしとか。」
「それを文章にして、たくさんの人へ伝えたい。」
「本を読んで『行ってみたい』って思ったみたいに。」
「今度は私が、誰かにそう思ってもらえる文章を書きたいんだ。」
その瞳は、今まで見たことがないほど真っ直ぐ輝いていた。
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「素敵。」
小百合が最初に微笑んだ。
「日和らしい夢ね。」
「ええ。」
雅も優しく頷く。
「本が好きで、世界が好きな日和だからこそ書けるものがあると思う。」
「私も読みたい!」
葵は身を乗り出した。
「絶対面白いよ!」
「写真もいっぱい載せて!」
「まだ本になるって決まってないよ。」
日和は思わず笑う。
その笑顔に、先ほどまでの涙の跡はもうなかった。
瑠璃も静かに口を開く。
「夢としては、とても現実的ね。」
「え?」
「旅をして、取材をして、文章を書く。」
「努力次第で実現できる仕事よ。」
「だからこそ。」
瑠璃は少しだけ表情を曇らせた。
「朝比奈家の事情がなければ、だけれど。」
その一言で、空気が少し静かになる。
日和も苦笑した。
「そうなんだよね。」
「だから夢なんだ。」
「叶わないって分かってるから。」
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「どうして?」
静かな声だった。
皆がマリアを見る。
マリアは日和へ真っ直ぐ視線を向けていた。
「どうして、叶わないって決めるの?」
「だって……。」
日和は困ったように笑う。
「私には朝比奈組があるから。」
「お父様も。」
「組のみんなも。」
「私が継ぐって信じてる。」
「そんな中で。」
「世界中を旅したいなんて言えないよ。」
「それは。」
マリアはゆっくりと言葉を選ぶ。
「今の状況を見て、そう思っているだけじゃない?」
「……え?」
「未来は誰にも分からない。」
「日和が跡を継ぐ未来も。」
「夢を叶える未来も。」
「まだ決まっていない。」
日和は先程のマリアの言葉を思い出した。
『まだ空いている。』
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「私はね。」
マリアは穏やかに笑った。
「夢って、叶うかどうかではなくて。」
「叶えたいと思い続けることが大切だと思うの。」
「もし途中で諦めてしまったら。」
「その時点で、本当に終わってしまうから。」
日和は黙って聞いていた。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「だから。」
マリアは日和の手をそっと握る。
「約束して。」
「どんなことがあっても。」
「その夢だけは、自分で捨てないって。」
日和は驚いたようにマリアを見つめた。
「……夢を。」
「捨てない。」
その言葉を、小さく繰り返す。
今まで、そんな約束をしたことはなかった。
「……うん。」
ゆっくりと頷く。
「約束する。」
「すぐには無理かもしれない。」
「でも。」
「世界を旅したいって気持ちだけは。」
「絶対に忘れない。」
マリアは優しく微笑んだ。
「それで十分よ。」
日和の瞳には、先ほどまでの諦めだけではなく、小さな希望の光も宿り始めていた。




