第49話 秘密の部屋
「……本当はね。」
涙を拭った日和は、少し照れくさそうに笑った。
「みんなには見せないつもりだった場所があるの。」
「まだあるの?」
葵が首を傾げる。
「うん。」
日和は小さく頷いた。
「さっき通った重い扉、覚えてる?」
「ああ。」
瑠璃が静かに頷く。
「廊下の奥にあった扉ね。」
「そこ。」
日和は少しだけ視線を落とした。
「もう隠すこともなくなっちゃったし。」
「みんなには見ておいてほしい。」
マリアは優しく微笑む。
「行こう。」
その一言に、日和も小さく笑った。
「うん。」
⸻
一行は再び廊下を歩く。
やがて、あの重厚な鉄の扉の前へたどり着いた。
扉の両脇には、黒いスーツ姿の男たちが二人、静かに立っている。
日和の姿を見ると、二人は深く頭を下げた。
「お嬢。」
「ご苦労さま。」
日和が穏やかに応える。
ジョンが腰元から大きな鍵を取り出した。
ガチャリ。
重い錠前が外れる音が響く。
続いて、ゆっくりと扉が開いていく。
ギィ……。
重厚な音が廊下に響いた。
⸻
部屋へ足を踏み入れた瞬間。
葵が思わず息をのむ。
「……え。」
壁一面に並ぶ、数え切れないほどの武器。
拳銃。
ライフル。
散弾銃。
短刀や日本刀。
防弾チョッキや通信機器まで、整然と並べられている。
奥では数人の構成員が無言で武器の手入れをしていた。
日和たちに気付くと、全員が作業の手を止め、一斉に頭を下げる。
「お嬢。」
低く揃った声が響く。
「……。」
葵は言葉を失っていた。
雅も静かに辺りを見渡している。
小百合は驚きを隠せないまま、静かに武器へ目を向けた。
瑠璃は小さく息を吐く。
「これが……朝比奈組。」
日和はゆっくりと頷いた。
「うん。」
「ここは、武器庫。」
「組の武器は全部ここで管理してるの。」
その言葉に、部屋の静けさがより一層深く感じられた。
⸻
「怖い……?」
日和が恐る恐る尋ねる。
葵は武器を見つめたまま苦笑する。
「武器は怖い。」
少し間を置いて、
「でも。」
日和を見る。
「日和は怖くない。」
日和は目を丸くした。
「……ほんと?」
「うん。」
葵は笑った。
「だって、日和は世界の本を楽しそうに話してた日和だもん。」
「急に別人になったわけじゃないし。」
雅も穏やかに微笑む。
「私も同じ気持ちだよ。」
「ここを見ても、日和が優しい子だってことは変わらない。」
「ええ。」
小百合も頷く。
「ただ、あなたが背負っているものの大きさを知っただけ。」
瑠璃は腕を組みながら静かに言った。
「だから、一人で抱え込もうとしないこと。」
「私たちは友達なんだから。」
日和は唇をぎゅっと結ぶ。
「……みんな。」
目には再び涙が浮かんでいた。
「私、この部屋はあまり好きじゃないんだ。」
「小さい頃から何度も連れて来られて。」
「これはこういう武器だ、とか。」
「朝比奈組の歴史とか。」
「跡を継ぐ者として覚えなさいって。」
その声は、どこか寂しそうだった。
⸻
その時だった。
マリアが武器庫の奥へ視線を向ける。
その先の壁には、歴代組長たちの肖像画が整然と並んでいた。
威厳ある表情の男たち。
時代ごとに服装は違っても、その眼差しだけは変わらない。
最後には、朝比奈玄十郎の肖像画。
そして――
その隣には、一枚だけ何も飾られていない額縁が掛けられていた。
「……あれ?」
葵が首を傾げる。
「ここだけ空っぽ。」
日和はその額縁を見つめ、苦く笑った。
「そこは……。」
少しだけ間を置く。
「私。」
「次は、ここに私の写真が飾られる予定。」
誰も言葉を返せなかった。
武器庫で見た数々の武器よりも。
その空っぽの額縁の方が、ずっと重たく感じられた。
まるで、日和の未来がそこに用意されているかのようだった。
静かな沈黙が流れる。
その中で、マリアだけがゆっくりと額縁へ近づいた。
じっと見つめる。
そして、小さく呟く。
「……まだ、空いているんだね。」
日和が顔を上げる。
「え?」
マリアは額縁から目を離さず、穏やかに微笑んだ。
「まだ誰の写真も飾られていない。」
「だから私は……。」
「未来は、まだ決まっていないと思う。」
「誰かが決めるものじゃない。」
「日和自身が選ぶものよ。」
日和は空の額縁を見つめた。
その額縁は何も語らない。
けれど、マリアの言葉だけが、不思議と胸の奥へ静かに残っていた。




