第47話 朝比奈家の当主
日和はジョンと並んで、静かな廊下を歩いていた。
先ほどまで本の話をしていた時とは違い、その足取りは少しだけゆっくりだった。
「緊張しておられますか。」
ジョンが穏やかに尋ねる。
日和は少し困ったように笑う。
「うん……ちょっとだけ。」
「友達を連れてくるの、久しぶりだから。」
「旦那様も楽しみにしておられます。」
「そうかなぁ。」
日和は小さく肩をすくめた。
「お父様って、あんまり顔に出さないから分かんないんだよね。」
ジョンは静かに微笑む。
「それでも、日和様がお友達をお連れになることを、大変喜んでおられました。」
「……なら、いいな。」
日和は小さく頷いた。
やがて二人は、廊下の奥にある重厚な扉の前で立ち止まる。
ジョンが三度、静かに扉を叩いた。
「ボス、お連れいたしました。」
「入りなさい。」
低く落ち着いた声が返ってくる。
日和は小さく深呼吸をした。
「失礼します。」
扉がゆっくりと開いた。
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書斎の奥には、一人の男性が立っていた。
黒いスーツを隙なく着こなし、その姿勢には揺るぎない威厳がある。
朝比奈家当主。
朝比奈玄十郎。
玄十郎は日和を見ると、小さく頷いた。
「ご友人たちは。」
「私の部屋で待ってもらってる。」
「そうか。」
玄十郎は短く答えると、机の上の書類を閉じた。
「せっかく来てもらったのだ。」
「私も挨拶をしよう。」
日和は少し安心したように笑う。
「うん。」
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マリアたちは日和のコレクションを見ながら待っていた。
「日和、少し遅いね。」
葵が窓の外を眺める。
「お父様とお話ししているのでしょう。」
雅が穏やかに答えた。
その時だった。
コン、コン、コン。
扉が叩かれる。
「失礼いたします。」
ジョンが扉を開け、ひょっこりと日和が顔を覗かせる。
「お父様が皆に挨拶したいらしいけど、いいかな?」
「えぇ、もちろん。」
部屋の空気が自然と引き締まった。
日和と並び、一人の男性が部屋へ入ってくる。
「初めまして。」
落ち着いた低い声が響く。
「朝比奈玄十郎です。」
マリアたちは一斉に立ち上がった。
「ごきげんよう。」
マリアが代表して一礼する。
「天堂寺マリアです。」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。」
雅、小百合、瑠璃、葵も続いて挨拶をする。
玄十郎は一人ひとりへ静かに目を向けた。
「娘がいつも世話になっています。」
「皆さんを歓迎します。」
その言葉に、葵も少しだけ表情を緩めた。
(思ったより優しい人かも……。)
⸻
日和のスカートが少し乱れていることに気がついたジョンが日和に声を掛ける。
「日和様、お召し物がーー」
「ジョン。」
玄十郎が静かに呼ぶ。
部屋の空気がぴんと張り詰めた。
ジョンはすぐに姿勢を正した。
「はい。」
「日和のことは、何と呼ぶ決まりだ。」
短い問いだった。
ジョンは一瞬だけ目を伏せる。
「……申し訳ございません。」
「お父様、ジョンは悪くないの。私が学院の皆の前では日和様と呼んでと命じたから、ジョンは従っているだけ。」
玄十郎はジョンを庇う日和の方を真っ直ぐ見つめる。
「それなら尚更だ。」
「日和。朝比奈家には朝比奈家の規律がある。」
「内外を問わず、それを崩してはならない。朝比奈組を率いる立場のお前が規律を守らなくてどうする。他の者にも示しがつかないだろう。」
「未来のマフィアクィーンになる責任と覚悟を持ちなさい。」
静寂が訪れた。
葵の手がかすかに震える。
「……え?」
思わず漏れた声は、誰も責められないほど小さかった。
雅は目を見開き、
小百合は息をのみ、
瑠璃も珍しく言葉を失う。
“マフィアクィーン”
その言葉だけが、部屋の中に静かに残る。
日和は俯いたまま、小さく拳を握り締めていた。
誰にも知られたくなかった。
いつか話さなければならないとは思っていた。
でも、それは自分の口で伝えたかった。
マリアはそんな日和を静かに見つめる。
驚きはあった。
だが、その瞳に映っていたのは恐れではない。
運命を背負い、俯く友人の姿だけだった。




