第44話 朝比奈家の庭園
応接室を出た一行は、日和の案内で屋敷の中を歩いていた。
長い廊下の先には、大きな窓が並んでいる。
その向こうには、青々とした庭園が広がっていた。
「わぁ……。」
葵が思わず声を漏らす。
「お庭も広いね!」
「うん。」
日和は嬉しそうに頷いた。
「季節ごとに咲く花が違うんだ。」
「春は桜、秋は紅葉もきれいだよ。」
庭へ出ると、夏の日差しの中を爽やかな風が吹き抜けた。
色とりどりの花が咲き、噴水の水音が静かに響いている。
雅はゆっくりと辺りを見渡した。
「本当に手入れが行き届いているね。」
「庭師が毎日頑張ってくれてるんだ。」
「ほんとうに素敵なお庭だわ。」
小百合が優しく微笑む。
瑠璃も花壇へ目を向ける。
「植えられている植物にも統一感があるね。」
「全部、お父様が決めたらしいよ。」
日和は肩をすくめた。
「私はあんまり詳しくないけど。」
その時だった。
少し離れた場所から、
「お嬢!」
という元気な声が響いた。
一人の初老の男性が、大きな麦わら帽子をかぶったまま駆け寄ってくる。
日に焼けた顔に、人懐っこい笑顔。
手には剪定ばさみを持っていた。
「鷹見!」
日和が嬉しそうに手を振る。
「久しぶり!」
「お帰りなさいませ!」
男性は深々と頭を下げたあと、すぐに柔らかな笑顔へ戻った。
そして、マリアたちにも丁寧に一礼した。
「皆様、本日はようこそお越しくださいました。」
「私は朝比奈家で庭を預かっております、鷹見と申します。」
「ごきげんよう。」
マリアたちも一礼を返す。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。」
鷹見は穏やかに笑った。
「お嬢がお友達を連れて来られる日を、皆楽しみにしておりました。」
「そんな大げさだよ。」
日和は照れくさそうに頬をかく。
「本当のことですよ。」
鷹見は優しい眼差しで日和を見つめた。
「お嬢は幼い頃から、この庭がお好きでしたから。」
「そうなんですか?」
雅が興味深そうに尋ねる。
「ええ。」
鷹見は懐かしそうに頷いた。
「木に登ろうとして叱られたり。」
「池へ飛び込もうとして皆で止めたり。」
「わー!」
日和は両手で顔を隠した。
「もうやめてぇ!」
マリアたちは思わず笑ってしまう。
「日和にもそんな頃があったのね。」
マリアが優しく微笑む。
「そんな頃って!」
「今でも十分子ども扱いされてるのに!」
「自覚はあるんだ。」
瑠璃がさらりと言う。
「瑠璃まで!」
一同の笑い声が庭園へ広がった。
「私、ここでぼーっとするの好きなんだ。」
そう言って空を見上げる。
夏空には白い雲がゆっくりと流れていた。
「ここにいるとね。」
「どこか遠くへ行ってみたくなるんだ。」
「遠く?」
葵が首を傾げる。
日和は、はっとしたように笑った。
「ううん!」
「何でもない!」
「さ、次行こ!」
そう言って先を歩き始める。
マリアはその背中を静かに見つめていた。
(今の言葉……。)
どこか、本心のように聞こえた。




