第4話 月が丘へようこそ
学院長が教室を後にすると、静かだった教室に少しずつ空気が戻ってきた。
最初にマリアのもとへ歩み寄ったのは雅だった。
腰まで届く艶やかな黒髪。
白い制服を優雅に着こなすその姿は、同じ制服を纏うマリアとはまた違う、生徒会長としての気品に満ちている。
柔らかな紫色の瞳が、優しくマリアを見つめた。
「改めまして、私は夜桜雅。」
「今年度からこの学院の生徒会長を務めてる。」
「よろしくね、マリアさん。」
マリアは少し驚いたように目を瞬かせる。
「……私の名前を。」
「ええ。」
雅は穏やかに微笑んだ。
「この学院では、お互いを名前で呼ぶことが多いんだ。」
「もちろん、無理にとは言わないけれど。」
マリアも微笑み返す。
「ありがとうございます、雅さん。」
その様子を見ていた少女が、おずおずと前へ出た。
ふんわりとした栗色のサイドテールが揺れる。
どこか春風のような柔らかい雰囲気を纏った少女だった。
「あ、あの……。」
「私は雪平小百合です。」
「お花を育てるのが好きで……月の庭園のお世話もしています。」
少し照れたように笑う。
「これからよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
マリアが微笑むと、小百合もほっとしたように笑顔になった。
すると。
「はいっ!はいっ!」
元気いっぱいの声が教室に響く。
明るい茶色のショートカットがぴょこんと揺れる。
太陽のような笑顔を浮かべた少女が、元気よくマリアの前へ飛び出した。
「私は姫川葵!」
「みんなからは元気だけが取り柄って言われるけど!」
「楽しいことなら何でも大歓迎!」
満面の笑みで手を差し出す。
「よろしくね!」
マリアは少し驚きながらも、その手を握った。
「はい。」
「よろしくお願いいたします。」
「やった!」
葵は嬉しそうに笑う。
「葵。」
瑠璃が呆れたように声をかける。
「いきなり距離が近すぎるわ。」
葵は「あっ」と舌を出した。
「つい!」
その隣で、小さくため息をついた少女が前へ出る。
紺色の長い髪を高い位置で一つに結んだポニーテール。
知的な青い瞳が印象的だった。
「私は九条瑠璃。」
「葵は距離が近いけど、悪気はない子だから許してあげてね。」
「よろしく。」
「よろしくお願いいたします。」
瑠璃は小さく頷いた。
その時だった。
じーっと誰かの視線を感じる。
マリアが振り向くと、金色のボブヘアの少女が興味津々という顔で自分を見つめていた。
「ねぇ。」
「マリアって、本当に十六歳?」
突然の質問だった。
教室が静まり返る。
「日和。」
雅が静かに名前を呼ぶ。
しかし日和は気にしない。
「だって!」
「すっごく小さいし!」
「お人形さんみたいなんだもん!」
葵が吹き出す。
瑠璃は額に手を当てた。
「だから初対面でそういうこと言わないの。」
「えー?」
日和は首を傾げる。
「可愛いって褒めてるんだけど?」
マリアは一瞬驚いたあと、小さく笑った。
「ありがとうございます。」
「可愛いと言っていただけて嬉しいです。」
「……怒らないの?」
「はい。」
「昔からよく言われますので。」
その返事に、日和はぱっと笑顔になる。
「やっぱりね!」
「日和。」
雅が苦笑する。
「思ったことを正直に言い過ぎだよ。」
教室に笑い声が広がった。
その空気を見渡しながら、マリアは静かに口を開く。
「皆さんは、本当に仲が良いのですね。」
雅が頷く。
「私たちは初等部一年生の頃からずっと一緒なの。」
「もう十年になるわ。」
「家族みたいなものだよ!」
葵が笑う。
「喧嘩もいっぱいしたけどね。」
瑠璃が付け加える。
「今でも葵とはよくするわ。」
「えぇ!?」
再び笑いが起きた。
その温かな空気に包まれながら、マリアも自然と笑みを浮かべる。
そんな様子を見て雅が思い出したように言った。
「そうだ。」
「執事たちも紹介しておくね。」
雅の隣では、銀紫色の髪を片目に流した青年が優雅に礼をする。
「朝倉です。」
「雅お嬢様にお仕えしております。」
小百合の後ろには、白銀の柔らかな髪をした男性。
「早乙女です。」
「小百合お嬢様をお支えしております。」
瑠璃の隣には、眼鏡を掛けた緑髪の青年。
「牧と申します。」
「よろしくお願いいたします。」
葵の後ろでは、筋肉質な体格の黒髪の男性が腕を組みながら笑う。
「梅木です。」
「葵お嬢様には毎日振り回されています。」
「ちょっと!」
葵が頬を膨らませる。
最後に、日和の後ろから白髪の老執事が穏やかに一礼した。
「ジョンでございます。」
「朝比奈日和様をどうぞよろしくお願いいたします。」
最後に一礼したのはマリアの後ろに控えていた翡翠だった。
「星宮翡翠と申します。」
「マリア様の専属第一執事を務めております。」
すると、日和が翡翠をじっと見つめた。
「ねぇ。」
「翡翠さんも十六歳なの?」
「はい。」
「私達と同い年なんだ。」
少し間が空く。
「……執事さんなのに小さい。」
教室が静まり返る。
「日和。」
雅がすぐにたしなめる。
しかし日和は首をかしげる。
「だって本当じゃない?」
「主人も小さくて、執事さんも小さいなんて、なんか可愛い。」
葵が吹き出した。
「あはは!確かに!」
瑠璃も苦笑する。
「あなたたち……。」
マリアは思わず笑みを浮かべた。
「翡翠は確かに小柄ですが……。」
「昔から私を守ってくれています。」
その言葉に、翡翠は少しだけ目を丸くする。
「マリア様……。」
「身長と強さは関係ないわ。ね、翡翠。」
マリアは穏やかに微笑んだ。
翡翠も小さく微笑み返す。
「…光栄です。」
雅はその様子を見て、優しく笑った。
「二人とも、本当に信頼し合っているのね。」
「えぇ。皆さんも、とても信頼し合っていらっしゃるのですね。」
マリアは六人の執事を見渡し、改めてこの学院の伝統の深さを感じる。
主人と執事。
互いを支え合いながら学園生活を送る。
それが、月が丘女学院の日常だった。




