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月が丘の淑女たち ―名門女学院の『ルナ』が少女たちの悩みに寄り添う物語―  作者: 如月


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第36話 期待と不安

夏の陽射しが、病室の窓から明るく差し込んでいた。


美咲は診察室の椅子に腰掛け、主治医の話を静かに聞いていた。


カルテを閉じた主治医は、穏やかに微笑む。


「この一か月、体調も比較的安定しているね。」


「はい。」


美咲は小さく頷いた。


「もちろん、無理はダメだよ。」


「でも、この調子なら……。」


一度言葉を区切り、美咲の表情を見つめる。


「週に一日だけ、学院へ通ってみる?」


「……え。」


美咲は思わず目を見開いた。


「学院へ……?」


「はい。」


「朝から放課後までではなくても構わないよ。」


「午前中だけでも、一時間だけでも。」


「体調を見ながら、少しずつ。」


美咲は言葉を失った。


何度も夢に見たことだった。


「学院へ通いたい。」


そう願い続けてきた。


けれど、いざその言葉を聞くと、胸に広がったのは喜びだけではなかった。


「……私。」


小さく呟く。


「ちゃんと、行けるでしょうか。」


主治医は優しく頷く。


「不安になるよね。」


「だからこそ、『通わなければならない』ではなく、『行ける日に行ってみる』でいいんだよ。」


「体調が悪ければ、お休みしてもいい。」


「途中で帰ってきてもいい。」


「大切なのは、無理をしないこと。」


その言葉を聞き、美咲は静かに息をついた。


以前の自分なら。


「みんなと同じように通えないなら意味がない。」


そう思っていたかもしれない。


けれど今は違う。


「……はい。」


その返事は、小さいけれど迷いの少ない声だった。



診察室を出ると、担当の看護師が笑顔で迎えてくれた。


「先生から聞いたよ。」


「よかったね。」


「ありがとうございます。」


美咲は照れくさそうに笑う。


廊下を歩いていると、陽菜が駆け寄ってきた。


「美咲ちゃん!」


「聞いたよ!」


「学院へ行けるんだって?」


「うん。」


「まだ週に一日だけだけど。」


陽菜は自分のことのように嬉しそうに笑った。


「すごい!」


「おめでとう!」


美咲も笑顔で頷く。


「ありがとう。」


少し間を置いて、続けた。


「でもね。」


「私、前ほど焦ってないんだ。」


「え?」


「前は、『みんなと同じように毎日通えるようにならなきゃ』って思ってた。」


「でも今は。」


病院の中庭へ目を向ける。


風に揺れる花々は、それぞれ違う向きに咲いていた。


「週に一日でも。」


「一時間だけでも。」


「それも、私の毎日なんだって思えるから。」


陽菜は静かに微笑んだ。


「うん。」


「それが、美咲ちゃんの普通なんだね。」


その言葉に、美咲は少し照れながら笑う。


「そうなのかもしれない。」



夕方。


病室へ戻った美咲は、机の引き出しを開けた。


そこには、大切に畳まれた学院の制服が入っている。


そっと指先で撫でる。


「もう少し待っててね。」


そう呟く声は、不安ではなく、優しい約束のようだった。


窓の外では、夏空に白い雲がゆっくりと流れていく。


学院へ戻る日は、もうすぐそこまで来ていた。

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