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月が丘の淑女たち ―名門女学院の『ルナ』が少女たちの悩みに寄り添う物語―  作者: 如月


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第31話 病室

翌日の放課後。


マリアは学院の正門とは反対の道を歩いていた。


白い渡り廊下の先に建つ建物。


月が丘総合病院。


学院と隣接して建てられたその病院は、長期療養が必要な生徒たちが安心して学べるよう設けられている。


制服姿の生徒が看護師と談笑しながら歩く姿も見えた。


「ここが……。」


マリアは静かに病院を見上げる。


受付で事情を伝えると、看護師は優しく微笑んだ。


「朝霧美咲さんですね。」


「はい。」


「お待ちしていました。」


「え……?」


マリアは少し驚く。


「朝霧さんが、『ルナの方が来てくださるかもしれません』と、お話しされていたんです。」


マリアは思わず柔らかく微笑んだ。


「そうでしたか。」


案内された病室の前で、一度小さく深呼吸をする。


コン、コン。


「失礼いたします。」


静かに扉を開けた。


窓から午後の柔らかな陽射しが差し込んでいる。


ベッドの上で本を読んでいた少女が、ゆっくり顔を上げた。


肩ほどまで伸びた黒髪。


どこか儚げな印象を受ける少女だった。


「あ……。」


少女の瞳が大きく見開かれる。


「天堂寺……マリアお姉さま……?」


「ごきげんよう。」


マリアは穏やかに一礼した。


「朝霧美咲さんでいらっしゃいますね。」


少女は慌てて本を閉じる。


「は、はい……。」


「まさか、本当に来てくださるなんて……。」


声は震えていた。


マリアは病室へ入り、ベッドのそばの椅子へ静かに腰を下ろす。


「お手紙をありがとうございました。」


「こちらこそ……。」


美咲は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「来ていただいて……ありがとうございます。」


病室は静かだった。


聞こえるのは時計の針の音と、窓の外で揺れる木々の葉擦れだけ。


しばらく穏やかな沈黙が流れる。


その空気を壊さないように、マリアが静かに口を開いた。


「お加減はいかがですか。」


美咲は少し困ったように笑う。


「今日は調子がいい日なんです。」


「だから、お会いできました。」


その笑顔の奥に、どれほど多くの「会えなかった日」があるのだろう。


マリアはその言葉を静かに受け止めた。


美咲は窓の外へ目を向ける。


校庭では、放課後の部活動が始まっていた。


元気な声が風に乗って届く。


「……ああやって。」


ぽつりと呟く。


「皆さんが笑っているのを見るのは好きなんです。」


「見ていると、私まで嬉しくなるんです。」


その言葉に嘘はなかった。


けれど。


「でも……。」


少しだけ笑顔が曇る。


「その中に私がいないことを思い出すと、胸が苦しくなるんです。」


マリアは静かに耳を傾ける。


「嬉しい気持ちと。」


「寂しい気持ちが、一緒になってしまって。」


「心から喜びきれない自分もいて……。」


美咲は小さく笑った。


「そんな自分が嫌になることもあります。」


病室に静かな時間が流れる。


マリアはすぐには答えなかった。


美咲の言葉を、そのまま大切に受け止める。


「私……。」


「普通になりたいんです。」


病室に静かな時間が流れた。


マリアはその言葉を否定しなかった。


「美咲さん。」


「はい。」


「一つ、お聞きしてもよろしいですか。」


「はい。」


「美咲さん。あなたにとって普通とはなんですか?」


「え…」


予想外の質問に美咲は狼狽える。


「ゆっくりで良いですよ。」


「えっと…。」


窓の外を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「朝、教室へ行って。」


「みんなと授業を受けて。」


「体育で走って。」


「お昼休みに友達と笑って。」


「放課後に寄り道をして。」


「そんな一日を過ごせること…でしょうか。」


「そうでしたか。」


マリアは微笑む。


その笑顔は、何かを諭すものではない。


ただ、美咲の願いを大切に受け止める笑顔だった。


「では、美咲さんがお考えになる『普通』は、美咲さんご自身が望んでいる毎日でしょうか。」


「それとも、周りの皆さんを見て、『これが普通なのだ』と思われた毎日でしょうか。」


「……え?」


その問いに、美咲は言葉を失った。


今まで当たり前のように使っていた「普通」という言葉。


けれど、その意味を考えたことは一度もなかった。


「私……。」


小さく呟く。


「考えたこと、ありませんでした……。」


マリアは答えを告げない。


ただ、美咲が自分自身と向き合う時間を、静かに待っていた。


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