第30話 月のポスト 三通目
月の継承から数日。
学院には、再び穏やかな日常が戻っていた。
「マリア。」
教室へ雅が静かに歩み寄ってきた。
その手には、一通の白い封筒がある。
マリアはすぐに気付き、柔らかく微笑んだ。
「月のポストね。」
「うん。」
雅も優しく頷く。
「三通目のお手紙だよ。」
マリアは両手で大切に受け取った。
「ありがとう。」
その表情は自然と引き締まる。
一通一通が、誰かの勇気だから。
マリアは封筒を丁寧に開き、便箋を広げた。
そこには、優しい丸みのある文字が綴られていた。
『私は、生まれつき体が弱いです。
学校へ来られる日より、お休みする日の方が多いかもしれません。体育も見学ばかりです。
お友達は優しいです。先生も、とても優しいです。
でも、みんなが楽しそうに校庭を走っている姿を見るたびに思います。
どうして私だけ走れないんだろう。
どうして私だけ、普通じゃないんだろう。
私も皆さんみたいに笑って、
皆さんみたいに元気に学校へ通いたいです。
普通になりたいと思う私は、わがままでしょうか。
もしよろしければ、一度お話ししたいです。
中等部2年 朝霧美咲』
便箋には、これまでにはなかった署名が残されている。
最初に口を開いたのは小百合だった。
「……わがままなんかじゃないわ。」
その声は、胸が締め付けられるほど優しかった。
葵も唇を噛む。
「普通になりたいって思うの、当たり前だよ……。」
日和はそっと便箋を見つめる。
雅も静かに頷いた。
皆の言葉を聞きながら、マリアはもう一度便箋へ目を落とした。
「……この方は。」
五人がマリアを見る。
「きっと、本当に望んでいるのは。」
「普通になることではなくて。」
「皆と一緒に笑い、一緒に過ごすこと。」
「その時間を願っているのでしょうね。」
誰も言葉を返さなかった。
その想いが、手紙から静かに伝わってきたからだ。
しばらくの沈黙のあと雅が口を開く。
「朝霧さんは、学院に併設されている月が丘総合病院へ入院している子だと思う。」
「学院に病院があるの?」
「うん。」
雅は頷いた。
「長く療養が必要な生徒のために、学院と病院が連携しているんだ。」
「体調が良い日は登校して、難しい日は病院で勉強している子もいるよ。」
「じゃあ……。」
日和が便箋を見つめる。
「白薔薇園へ来たくても来られないのかもしれないね。」
静かな空気が流れ、皆がマリアを見る。
マリアは優しく微笑んだ。
その瞳には、静かな決意が宿っていた。
「今回は私から朝霧さんにお会いしに行くわ。」
教室の窓辺から春風がそっと入り込み、便箋を揺らした。
三通目の「月のポスト」。
今度の出会いは、白薔薇園ではなく、病室から始まろうとしていた。




