↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月が丘の淑女たち ―名門女学院の『ルナ』が少女たちの悩みに寄り添う物語―  作者: 如月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/58

第29話 はじめの一歩

少女は白薔薇をぎゅっと抱きしめる。


(怖い。)


(もし、お断りされたら。)


(ご迷惑だったら。)


胸が苦しくなる。


その時、ふと一年前の出来事が脳裏によみがえった。


⸻


入学したばかりの春。


まだ学院にも慣れず、一人で中庭を歩いていた。


緊張して前を見ていなかった少女は、小さな段差につまずいて転んでしまう。


膝を擦りむき、痛みよりも恥ずかしさで涙が滲んだ。


その時だった。


「大丈夫?」


優しい声が降ってきた。


顔を上げると、一人の上級生が心配そうにしゃがみ込んでいた。


ふわりと揺れる栗色の髪。


春の陽だまりのような笑顔。


「痛かったでしょう?」


ハンカチでそっと土を払ってくれる。


「ありがとうございます……。」


「歩き始めは、誰でも転ぶものよ。」


「だから気にしなくて大丈夫。」


そう言って、にっこり微笑んでくれた。


「私は小百合。」


「あなたのお名前を教えていただける?」


その日初めて、少女は学院で安心して笑うことができた。


それから廊下ですれ違うたび、


「ごきげんよう。」


と必ず声を掛けてくれる。


花壇の花の名前を教えてくれたこともあった。


落ち込んでいる時には、


「今日も綺麗なお花が咲いているわ。」


と、さりげなく励ましてくれた。


気が付けば。


(私も、小百合お姉さまみたいな淑女になりたい。)


そう思うようになっていた。


⸻


そして現在へ戻る。


(大丈夫。)


(あの日、お姉さまが私に勇気をくださった。)


(今度は私が、一歩踏み出す番。)


「……。」


日和は静かに少女の視線を追う。


少女は何度も前を見ては俯き、また顔を上げる。


その先には――。


「あ。」


日和が小さく声を漏らした。


「どうしたの?」


葵が尋ねる。


「あの子。」


日和はそっと視線を向ける。


「見ているの……小百合じゃない?」


その言葉に、皆も少女の視線を辿る。


そこには、月明かりに照らされた小百合が立っていた。


「え……?」


突然名前が挙がり、小百合は驚いたように目を瞬かせる。


少女と目が合う。


その瞬間、少女は慌てて俯いてしまった。


「やっぱり。」


日和は静かに頷く。


「ずっと小百合を見てる。」


雅も穏やかに微笑んだ。


「きっと、お姉さまになっていただきたいんだね。」


「でも。」


瑠璃が小さく呟く。


「緊張して動けない。」


葵は思わず応援したくなった。


「頑張れ……!」


その声は胸の中だけにしまう。


これは少女自身が踏み出す一歩だから。


誰も声は掛けなかった。


マリアも静かに少女を見守る。


(きっと、大丈夫。)


少女は白薔薇をぎゅっと抱き締める。


何度も深呼吸を繰り返し、少女はゆっくりと顔を上げた。


視線の先では、小百合が変わらず穏やかに微笑んでいる。


その優しい笑顔に、少女の肩から少しだけ力が抜けた。


一歩。


また一歩。


小さな足音が石畳に響く。


小百合も少女へ気付き、優しく微笑み返した。


その笑顔に勇気をもらったように、少女は小百合の前で立ち止まる。


震える両手で白薔薇を差し出した。


「あ……あの。」


声が震える。


それでも、しっかりと顔を上げた。


「私を……。」


「お姉さまの妹にしていただけますか。」


月の庭園が静まり返る。


小百合は少しだけ目を丸くした。


そして次の瞬間、花が咲くような笑顔を浮かべた。


「もちろん。」


「喜んで。」


両手で、白薔薇を大切に受け取る。


その瞬間。


庭園に温かな拍手が響いた。


少女の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれる。


「ありがとう……ございます。」


小百合は少し照れたように笑った。


「実はね。」


「私も、この日を楽しみにしていたの。」


「え……?」


少女は驚いて顔を上げる。


「私も四年生の時、とても緊張して。」


「白薔薇を渡した瞬間、安心して泣いてしまったの。」


「だから。」


小百合は少女の手をそっと包み込む。


「いつか私も、誰かのお姉さまになれたらいいなって思っていたの。」


少女は涙を拭いながら笑った。


「よろしくお願いします、お姉さま。」


「ええ。」


「これからよろしくね。」


二人は向かい合って微笑み合う。


その様子を見守っていた葵が嬉しそうに笑った。


「よかったぁ。」


「一歩一歩自分で踏み出せたね。」


雅も静かに頷く。


「勇気は、誰かにもらうものじゃない。」


「誰かがいてくれるから、自分で踏み出せるものなんだね。」


マリアは、新しく結ばれた姉妹を見つめながら、そっと微笑んだ。


満月の光に照らされた白薔薇は、今夜も変わらず美しく咲き誇っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。