第28話 月の継承
二通目の「月のポスト」が幕を閉じてから数日。
「マリアに相談に来ていた子とお姉さんのコンビをよく見かけるようになったよ。」
「姉妹っていいよね〜!1番の理解者っていうか。」
葵が頷きながら、語る。
小百合がふと思い出したように顔を上げた。
「姉妹といえば、もうすぐ『月の継承』よね。」
「確かにそうね。」
瑠璃も嬉しそうに微笑む。
「今年もその季節になったのね。」
「月の継承って、以前雅も言ってたわよね。どんな行事なの?」
マリアが静かに首を傾げた。
雅が優しく微笑む。
「月が丘女学院で、ずっと受け継がれてきた伝統だよ。」
「初等部四年生になると、自分がお姉さまになっていただきたい上級生へ申し込むんだ。」
「憧れの先輩、お世話になった先輩。」
「この方みたいな淑女になりたい、そう思った方へ申し込む。」
マリアは興味深そうに耳を傾ける。
「どのように申し込むの?」
瑠璃が静かに答えた。
「白薔薇を一輪。」
「妹になりたい子が、お姉さまになっていただきたい方へ手渡す。」
日和も続ける。
「そして、お姉さまがその白薔薇を受け取ったら成立。」
「その瞬間から、二人は姉妹になる。」
「一人につき妹は一人だけ。」
マリアは小さく息を呑んだ。
「……素敵な制度。」
「でしょう?」
葵が笑顔で身を乗り出す。
「だから毎年、みんなすっごく緊張するんだよ!」
「私なんて手が震えちゃって!」
「葵も緊張することがあるのね。」
日和が笑う。
「あるよ!」
「勢いだけじゃどうにもならないことだってあるもん!」
皆が笑った。
瑠璃も珍しく口元を緩めた。
「私も緊張した。」
「言葉を全部考えていたのに、半分しか言えなかった。」
「小百合は?」
マリアが尋ねる。
小百合は懐かしそうに目を細めた。
「私は泣いてしまったの。」
「えぇ!?」
葵が驚く。
「嬉しくて。」
「ずっと憧れていたお姉さまだったから。」
「白薔薇を受け取っていただけた瞬間、安心して涙が出てしまって。」
マリアは優しく微笑んだ。
「皆さん、それぞれ大切な思い出ね。」
「ええ。」
雅が静かに頷く。
「月の継承は、ただ姉妹になる儀式じゃない。」
「『この人のような淑女になりたい』という憧れと。」
「『あなたを大切に育てます』という約束。」
「その両方を交わす日なんだ。」
マリアは白薔薇へそっと手を伸ばす。
「私も今でも、とても尊敬しているわ。」
「困った時には相談することもあるの。」
「卒業しても?」
「ええ。」
「姉妹の絆は、卒業しても変わらないもの。」
その言葉に、マリアは少し驚いたようだった。
「卒業しても……。」
「そんなに長く続くご縁なのね。」
ー
そして迎えた月の継承当日。
学院中が、どこか普段よりも落ち着かない空気に包まれていた。
廊下を歩く初等部四年生たちは、皆どこか緊張した面持ちで白い花を抱えている。
雅が優しく微笑む。
「今日は『月の継承』だね。月の庭園に向かおうか。」
六人はゆっくりと学院の奥へ歩き始めた。
そこは、普段はほとんど立ち入ることのない静かな場所。
白い石畳の先には、大きな円形の庭園が広がっていた。
月の庭園――。
中央には一本の大きな月桂樹。
その周囲を、数え切れないほどの白薔薇が囲んでいる。
満月の月光が庭園を照らし、神秘的な雰囲気を持っている。
「綺麗……。」
マリアは思わず小さく呟く。
「ここは月の継承の日だけ開かれる特別な庭園なんだ。」
雅が静かに説明する。
その時。
学院長が一歩前へ進み、穏やかな声で告げた。
「それでは、本年度の『月の継承』を始めます。」
庭園全体が静まり返る。
初等部四年生たちは、それぞれ胸に抱えていた白薔薇を大切そうに持ち直した。
「初等部四年生の皆さん。」
「どうぞ、自分がお姉さまになっていただきたい方のもとへ。」
その言葉と同時に。
少女たちが一斉に歩き始める。
緊張した表情。
期待に満ちた表情。
涙ぐみながら歩く子もいた。
「……。」
マリアは静かにその光景を見守る。
一人の少女が、震える手で白薔薇を差し出した。
「お、お姉さまになっていただけますか。」
上級生は驚いたように目を見開き、
やがて優しく微笑む。
「もちろん。」
そっと白薔薇を受け取った。
その瞬間。
周囲から温かな拍手が起こる。
二人は嬉しそうに向き合い、小さく頭を下げ合った。
「ああいうことなのですね。」
マリアは静かに呟く。
「ええ。」
小百合も優しく頷いた。
「白薔薇を受け取った瞬間から、姉妹になるの。」
少し離れた場所では、
嬉し涙を流す四年生。
照れながら頭を撫でる上級生。
抱き合って喜ぶ姉妹。
それぞれの場所で、新しい絆が結ばれていく。
「見ているだけで幸せになるね。」
葵が笑う。
「うん。」
日和も自然と微笑んでいた。
その穏やかな光景を眺めていたマリアの視線が、一人の少女で止まる。
その少女は白薔薇を胸に抱えたまま、立ち尽くしていた。
何度も周囲を見渡す。
歩き出そうとしては足を止める。
握りしめた白薔薇が、小さく震えていた。
「……。」
日和が不思議そうにその少女を見つめる。
「どうしたのかな?」
雅も少女へ目を向けた。
「勇気が出ないのかもしれないね。」
少女は深呼吸を繰り返している。
あと一歩。
その一歩だけが踏み出せない。
月の庭園には、喜びだけではない、小さな勇気もまた溢れていた。




