第22話 比較
翌日の昼休み。
マリアは昨日と同じように、白薔薇園のガゼボへ向かい静かに花を眺めていた。
まるで、「ここにいますよ」と伝えるように。
しばらくして。
石畳の向こうから、小さな足音が聞こえた。
一人の少女だった。
初等部の制服。
肩まで伸びた黒髪は綺麗に整えられている。
しかし、その表情には年齢に似合わない疲れが浮かんでいた。
少女はガゼボの前まで来ると、足を止める。
マリアと目が合う。
その瞬間、俯いてしまった。
逃げ出したい。
でも話したい。
そんな気持ちが、その小さな肩から伝わってくる。
マリアは立ち上がらなかった。
手招きもしない。
ただ、優しく微笑んだ。
「ごきげんよう。」
少女は少し驚いたように顔を上げる。
「……ご、ごきげんよう。」
震える声だった。
「こちらへどうぞ。」
マリアが隣の席へ視線を向ける。
少女はゆっくり歩き出し、少し離れた場所へ腰を下ろした。
栞の時と同じくらいの距離。
まだ心の距離でもあった。
しばらく沈黙が続く。
風の音だけが二人を包む。
やがて少女が小さく口を開いた。
「……昨日のお手紙。」
「私です。」
マリアは静かに頷く。
「来てくださってありがとうございます。」
少女は驚いたように目を瞬かせた。
責められない。
問い詰められない。
ただ、「ありがとう」と言われた。
それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「私は……。」
少女は制服の裾を握りしめる。
「お姉ちゃんが、何でもできるんです。」
「勉強も。」
「運動も。」
「音楽も。」
「先生も、お父様も、お母様も。」
「みんな、お姉ちゃんを褒めます。」
少女は唇を噛む。
「私は頑張っても。」
「あと少し届かなくて。」
「いつも。」
声が震えた。
「『お姉ちゃんはこんなにすごかったんだよ。自慢のお姉ちゃんだね。』って……。」
マリアは何も言わない。
ただ、静かに耳を傾ける。
少女は少しずつ言葉を続けた。
「最初は。」
「私も、お姉ちゃんみたいになろうって思ってたんです。」
「でも。」
「何をしても比べられるから。」
「だんだん。」
「何を頑張ればいいのか、分からなくなりました。」
その声は、今にも消えてしまいそうだった。
マリアは少女の言葉が途切れるまで待つ。
そして、穏やかに尋ねた。
「一つ、お聞きしてもよろしいですか。」
少女は小さく頷いた。
「はい。」
「あなたは、お姉様のことがお嫌いですか。」
少女は驚いたように顔を上げた。
その問いは、予想していなかった。
しばらく考えたあと、小さく首を横に振る。
「……嫌いじゃありません。」
「優しいんです。」
「私にも、よくしてくれます。」
「じゃあ、お姉様が悪いわけではないのですね。」
少女は静かに頷いた。
「はい……。」
マリアもまた、静かに頷いた。
その瞳には、何かを確かめるような優しさが宿っていた。
少女の悩みは、姉ではない。
誰か一人が悪いわけでもない。
だからこそ、「苦しい」と言う相手を見つけられなかったのだ。
マリアは、その答えへ少しずつ近づこうとしていた。




