第17話 みんなの幼少期
栞との出来事から数日後。
昼休みを告げる鐘が学院中に響く。
「今日は白薔薇園へ行こう。」
雅が立ち上がる。
「賛成!」
葵が元気よく返事をする。
「今日は何も予定はないしね。」
瑠璃も静かに頷いた。
六人はいつものように白薔薇園へ向かった。
春風が白薔薇を優しく揺らしている。
ガゼボの下に腰を下ろすと、自然と笑顔がこぼれた。
「最近、本当にここへ来るのが楽しみになったの。」
マリアが辺りを見回す。
「ふふっ。」
小百合が嬉しそうに笑う。
「そう言ってもらえると、お世話のしがいがあるわ。」
「本当に綺麗だもの。」
マリアが一輪の白薔薇へ視線を向ける。
「お花も喜んでいるように見える。」
「ありがとう。」
小百合は少し照れながら微笑んだ。
その時。
「マリアお姉さま!小百合お姉さま!」
聞き慣れた声が響く。
栞が小さく手を振りながら駆け寄ってきた。
「ごきげんよう、栞。」
「ごきげんよう!」
以前のような不安そうな表情はもうない。
「今日はお友達と約束があるので、ご挨拶だけです!」
「そうなのですね。」
「はい!」
栞は嬉しそうに笑った。
「また来ます!」
そう言って小走りで去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、葵がにっこり笑う。
「すっかり元気になったね。」
「ええ。」
雅も穏やかに頷く。
「笑顔が増えた。」
マリアも静かに微笑んだ。
「良かった。」
それだけで十分だった。
そんな賑やかな空気の中、日和がふと思い出したように言った。
「そういえばさ。」
「みんな、小さい頃って何して遊んでた?」
「遊び?」
葵が首を傾げる。
「うん。」
「栞をみてたら、なんか気になって。」
「へぇ、面白そう。」
葵が身を乗り出した。
「じゃあ小百合から!」
突然振られた小百合は少し照れながら笑う。
「私は……花かんむりを作ってたかな。」
「えぇ〜!」
葵が目を輝かせる。
「絶対かわいい!」
「庭のお花で毎日作っていたの。」
「お母様や使用人さんにも渡してたわ。」
「小百合らしいね。」
雅が優しく笑う。
「だから今もお花が好きなんだ。」
「うん。」
小百合は嬉しそうに頷いた。
「次!」
葵が日和を指差す。
「日和!」
日和は少し考えてから笑った。
「私は射撃場。」
「……え?」
葵が固まる。
「お父様に連れられて。」
「あと護身術。」
「えぇぇ!?」
「木登りとかもしてたけど。」
「木登りが一番普通!」
葵が思わず叫ぶ。
「……あなたのお家、本当に何のお仕事なの?」
瑠璃が思わず聞く。
日和は笑顔でごまかした。
「ひみつ!」
雅たちは苦笑する。
「瑠璃は?」
雅が尋ねる。
瑠璃は少し照れながら答えた。
「魔法陣。」
「……魔法?」
葵が目を丸くする。
「算数パズルよ。」
「縦、横、斜めの数字の合計を全部同じにするの。」
「ずっと解いてた。」
「遊びじゃない!」
「私には遊びだったけど?」
瑠璃は首を傾げる。
「「「……さすが瑠璃。」」」
「じゃあ雅は?」
今度はマリアが尋ねた。
雅は少し懐かしそうに空を見上げる。
「私は、お祖父様と一緒に地域の清掃活動や募金活動へ行くことが多かったかな。」
「えっ。」
葵が驚く。
「初等部入学の6歳より前?」
「うん。」
「ゴミ拾いしたり、お年寄りのお話を聞いたり。」
「最初は意味が分からなかったけど。」
「お祖父様が『誰かのために動ける人になりなさい』って。」
マリアは静かに微笑む。
「雅らしいですね。」
少し照れたように雅が笑った。
「葵は?」
瑠璃が尋ねる。
瑠璃は胸を張る。
「毎日走り回ってた!」
「木登りして怒られて。」
「池に落ちて怒られて。」
「塀を越えて怒られて。」
「全部怒られてるじゃない。」
瑠璃が即座に突っ込む。
「細かいことはいいの!」
全員が思わず笑った。
「最後はマリアだね。」
葵が期待に満ちた目を向ける。
「マリアは?」
五人の視線が集まる。
マリアは少しだけ考え、
静かに答えた。
「お仕事。」
一瞬、空気が止まった。
「……え?」
「物心ついた時からお仕事をしていたの。」
あまりにも自然に言うので、
全員が固まる。
「えっと……。」
葵が恐る恐る聞く。
「お手伝い?」
マリアは首を横に振った。
「毎日、お父様やお祖父様の横で。書類を読んだり、会議を見学したり、海外のお客様とお話ししたり。」
「…………。」
葵が固まる。
「待って。」
「それ何歳の話?」
「5歳くらいかしら。」
「早っ!!」
全員が声を揃えた。
マリアは不思議そうに首を傾げる。
「皆は違うの?」
「「「「違う。」」」」
見事に声が揃う。
「私たち、その頃まだ遊んでたよ。」
葵が笑う。
「そうなのね。」
マリアも少し笑った。
「でも。」
雅が優しく言う。
「今のマリアを見ると、少し納得するかな。」
「え?」
「誰かを思いやることも、責任感も。」
「きっと、その頃から積み重ねてきたものなんだね。」
マリアは少しだけ照れたように微笑んだ。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。」
白薔薇園に、穏やかな笑い声が響く。
少し離れた場所では、それぞれの執事たちが主人たちを見守っていた。
「……5歳から仕事ですか。」
朝倉が小さく呟く。
「天堂寺のお嬢様は、やはり桁違いですね。」
ジョンが腕を組む。
「朝比奈様も大概だがな。」
梅木は静かに笑う。
「皆様、それぞれ幼い頃から個性的でしたね。」
「そういえば翡翠も16歳だよな。何歳から天堂寺様の執事をやっているんだ?」
「6歳です。」
「6歳!?主人も異例だけど執事も異例だな。」
そんな中、翡翠だけは穏やかに主人を見つめていた。
(……あの頃から、何一つ変わっていませんね。)
6歳になったばかりの少女。
誰よりも幼いはずなのに、誰よりも真っ直ぐ前を向いていた。
その日、私は初めてマリア様とお会いした。
――あの日から、私の人生は変わった。




