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月が丘の淑女たち ―名門女学院の『ルナ』が少女たちの悩みに寄り添う物語―  作者: 如月


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第16話 小さな勇気

翌朝。


教室へ入った栞は、小さく息を吸った。


(今日は……。)


白薔薇園での約束が頭に浮かぶ。


『今日から、お花の仲間ね。』


小百合の優しい笑顔。


マリアの静かな微笑み。


胸の前で手をぎゅっと握りしめる。


(少しだけ……頑張ってみよう。)


そう自分に言い聞かせた。


栞はゆっくりと近くの席へ歩いた。


「……あの。」


声が震える。


話しかけられた少女は驚いたように顔を上げた。


「桜庭さん?」


栞は緊張で指先が震えていた。


それでも、勇気を振り絞る。


「わ、私……。」


「お花が好きなんです。」


少女は一瞬きょとんとした。


「え?」


「校舎の白薔薇園……。」


「とても綺麗ですよね。」


その一言だった。


少女の表情がぱっと明るくなる。


「私も思ってた!」


「春になると毎年楽しみなの!」


栞は少し目を丸くした。


(……同じ。)


「ねぇ。」


少女は嬉しそうに続ける。


「今度、一緒に見に行かない?」


栞は思わず息を呑んだ。


誘われた。


初めて、自分から話しかけて。


初めて、誘われた。


「……うん。」


小さな返事。


それでも、その声には昨日までになかった温かさがあった。


「約束ね!」


少女は笑顔で教室を出ていく。


栞はその背中を見送りながら、胸に手を当てた。


鼓動はまだ速い。


けれど。


怖さだけではなかった。


嬉しさが、その中に混じっていた。



昼休み。


「マリアお姉さま!」


栞は小走りで駆け寄ってくる。


昨日までの遠慮がちな歩き方ではない。


「ごきげんよう、栞。」


「今日……!」


栞は息を弾ませながら言った。


「私、自分から話しかけられました!」


「そうですか。」


マリアは穏やかに微笑む。


「それでね。」


「今度、一緒に白薔薇園へ行こうって約束したんです。」


嬉しそうに笑う栞。


その笑顔は、もう誰かに怯えている少女のものではなかった。


マリアは静かに頷く。


「栞が勇気を出したからですね。」


栞は首を横に振る。


「違います。」


そして照れくさそうに笑った。


「マリアお姉さまがいてくださったからです。」


マリアも小さく笑う。


「いいえ。」


「私は何もしていません。」


「栞が、自分の力で踏み出した一歩ですよ。」


栞はその言葉を胸の中で繰り返す。


──自分の力で。


その一言は、何より嬉しかった。


ルナは誰かの代わりに道を歩く存在ではない。


その人が自分の足で一歩を踏み出せるよう、そっと背中を押す存在。


マリアにとってルナとしての最初の仕事は、一人の少女の笑顔と、小さな勇気という花を咲かせて、静かに幕を閉じた。

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