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月が丘の淑女たち ―名門女学院の『ルナ』が少女たちの悩みに寄り添う物語―  作者: 如月


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第14話 名前を呼んで

翌日の昼休み。


マリアはベンチへ腰を下ろし、白薔薇を眺めている。


しばらくすると、小さな足音が近付いてくる。


「……ごきげんよう。」


「ごきげんよう。」


少女は自然と昨日と同じ場所へ腰掛けた。


昨日よりも、ほんの少しだけ距離が近い。


二人はしばらく白薔薇を眺めていた。


やがて少女が、小さく口を開く。


「昨日……。」


「はい。」


「昨日、お話を聞いてもらって……少しだけ気持ちが楽になりました。」


マリアは嬉しそうに微笑む。


「それは良かったです。」


少女は少し照れたように俯く。


「でも……。」


「教室へ戻ると、やっぱり怖くなってしまって。」


「また、一人でお昼を食べました。」


マリアは静かに頷く。


「そうでしたか。」


責めることも。


励ますこともない。


ただ受け止める。


少女はそんなマリアだからこそ、少しずつ話せるようになっていた。


「私……。」


「みんなと仲良くなりたいんです。」


「でも、話しかける勇気がなくて。」


「嫌われたらどうしようって思うと……。」


言葉が途切れる。


マリアは少し考えてから尋ねた。


「一つ、お聞きしてもよろしいですか。」


「……はい。」


「あなたは、お友達と何をお話ししたいですか。」


少女はきょとんとした。


「え……?」


「何を話せばいいかではなく。」


「何を話したいか、です。」


少女は考え込む。


今まで、そんなことを聞かれたことはなかった。


何を話せば嫌われないか。


何を言えば変に思われないか。


そんなことばかり考えていた。


けれど。


「……お花。」


小さな声だった。


「私、お花が好きなんです。」


「家でも育てていて……。」


「本当は、お花のお話をしてみたいです。」


マリアの表情がふわりと明るくなる。


「素敵ですね。」


「小百合も、とても喜ぶと思います。」


少女は驚く。


「小百合お姉さま?」


「小百合は白薔薇園のお世話をしているんですよ。」


「きっと、お花のお話ができたら嬉しいと思います。」


少女の瞳が少し輝いた。


「……そうなんですか。」


「はい。」


また沈黙が流れる。


けれど、その沈黙はもう気まずいものではなかった。


春風が二人の髪を優しく揺らす。


やがて少女は、小さく息を吸った。


「……あの。」


「はい。」


「まだ、名前を言ってませんでした。」


少し恥ずかしそうに笑う。


「初等部一年の……


桜庭栞です。」


マリアも優しく微笑み返した。


「ありがとうございます。」


「お名前を教えてくださって。」


「桜庭さん。」


その瞬間。


栞は少しだけ困ったように笑った。


「名字じゃなくて……。」


「え?」


「できたら……。」


頬を赤く染めながら続ける。


「栞って、呼んでもらえたら……嬉しいです。」


マリアは一瞬だけ目を丸くしたあと、穏やかに笑った。


「はい。」


「よろしくお願いします、栞。」


その一言だけで。


栞の顔に、これまでで一番大きな笑顔が咲いた。


名前を呼ぶこと。


それは、誰かとの距離が少しだけ近づいた証。


栞の心に閉ざされていた扉は、ゆっくりと、しかし確かに開き始めていた。

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