第13話 ひとりのお昼
翌日の昼休み。
マリアは約束もせず、白薔薇園のベンチへ腰を下ろしていた。
翡翠は少し離れた場所で静かに控えている。
昨日と同じように、ただ風が吹き、白薔薇が揺れていた。
(今日も来てくださるかしら。)
そう思っていた時だった。
石畳の向こうに、小さな人影が現れる。
昨日の少女だった。
マリアと目が合うと、一瞬だけ立ち止まる。
逃げようか。
近付こうか。
迷っていることが、その表情から伝わってきた。
マリアは何も言わず、小さく微笑むだけだった。
少女は意を決したように歩き出す。
「……ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
昨日より少しだけ落ち着いた声だった。
「隣、いいですか?」
「もちろん。」
少女はそっとベンチへ腰掛ける。
二人の間には、人一人分ほどの距離。
けれど昨日よりは近かった。
しばらく沈黙が続く。
風が白薔薇を揺らす音だけが聞こえる。
やがて少女が口を開いた。
「……私。」
少し俯く。
「お昼は、いつも一人なんです。」
マリアは何も言わず、続きを待つ。
「最初は違いました。」
「入学した頃は、お友達もいました。」
「でも……。」
少女は制服の裾をぎゅっと握る。
「何を話せばいいか分からなくて。」
「話しかけられても、うまく返せなくて。」
「気が付いたら、一人になっていました。」
マリアは静かに頷く。
「辛かったですね。」
その一言だけだった。
励ましも。
慰めも。
否定もない。
ただ受け止める言葉だった。
少女の肩が小さく震える。
「皆は優しいんです。」
「仲間外れにされたわけじゃありません。」
「でも……。」
「私が話せないから。」
「私がつまらないから。」
「だから誰も誘ってくれないんです。」
その声は、今にも消えそうだった。
マリアは少しだけ空を見上げる。
「私は。」
少女も顔を上げる。
「お話が得意な人も素敵だとおもいますが、静かに相手のお話を聞ける人も素敵だと思います。」
少女は驚いたように目を丸くする。
「え……?」
マリアは柔らかく微笑んだ。
「あなたは、一度も私のお話を遮りませんでした。」
「相手のお話を最後まで聞くことは、当たり前のようで、とても難しいことなんです。」
「私は、そんなあなたの優しさが素敵だと思いました。」
少女は言葉を失った。
そんなふうに言われたことは、一度もなかった。
「私は……。」
少女は目を潤ませる。
「優しいなんて、一度も言われたことありません。」
「そうですか。」
マリアは穏やかに微笑む。
「では、私が最初ですね。」
少女は思わず吹き出した。
「ふふっ……。」
それは入学してから初めて、自分でも気付かないほど自然にこぼれた笑顔だった。
少し離れた場所から見守っていた葵が、小声で呟く。
「笑った……。」
小百合も嬉しそうに微笑む。
「あの子、初めて笑ったわ。」
雅は静かに頷いた。
「マリアは答えを教えてるんじゃない。」
「その子自身の良いところを見つけてあげてる。」
瑠璃も感心したように息をつく。
「だから自然に笑えるのね。」
日和は腕を組みながら、小さく笑う。
白薔薇園には、穏やかな風が吹いていた。
少女はまだ、自分の名前を名乗っていない。
それでも昨日より、確かに心の距離は近づいていた。
そしてマリアは急がない。
花がゆっくり咲くように。
少女の心もまた、少しずつ開いていくことを信じていた。




