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月が丘の淑女たち  作者: 如月


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第12話 名前のない相談者

昼休みが終わる頃。


マリアたちは相談の手紙を持って校舎を歩いていた。


「でも……。」


葵が辺りを見回す。


「どうやって探すの?」


「名前も学年も書いてないんだよ?」


「それなんだけど。」


雅が少し考え込む。


「実は『月のポスト』には昔から一つだけ決まりがあるんだ。」


「決まりですか?」


「相談を書いた子は、一週間だけ昼休みに白薔薇園へ来る。」


「もしルナが会いたいと思ったら、そこへ行く約束になってるの。」


「そんな決まりが。」


マリアは小さく頷いた。


「では、その方も来てくださるかもしれませんね。」


「うん。」


雅も静かに微笑む。


「だから焦らなくて大丈夫。」


「今日は、待ってみよう。」


六人は白薔薇園へ向かった。


春風が薔薇の花びらを優しく揺らす。


ガゼボで昼食を終えたあとも、マリアは一人、ベンチへ腰掛けたまま庭園を眺めていた。


翡翠は少し離れた場所で静かに控えている。


雅たちも、あえて距離を置いて見守っていた。


十分ほど経った頃だった。


白薔薇の向こうで、小さな影が揺れる。


誰かがいる。


しかし姿を見せようとはしない。


マリアは気付いていた。


けれど、その方向を見ることはしなかった。


逃げ道を塞ぎたくなかったから。


春風だけが静かに吹き抜ける。


やがて、小さな足音。


一歩。


また一歩。


ゆっくり近付いてくる。


「……あの。」


震えるような声だった。


マリアは穏やかに振り返る。


そこには、小柄な初等部一年生の少女が立っていた。


肩まで伸びた栗色の髪。


制服の袖をぎゅっと握り締め、今にも泣き出しそうな表情をしている。


「こんにちは。」


マリアは優しく微笑んだ。


少女はびくりと肩を震わせる。


「ご、ごめんなさい……。」


「え?」


「やっぱり何でもありません。」


少女は慌てて踵を返そうとする。


その時だった。


「大丈夫ですよ。」


マリアは立ち上がることも追いかけることもせず、穏やかな声だけを届けた。


「今日は、お話しなくても構いません。」


少女の足が止まる。


「え……?」


「ここへ来てくださっただけで、とても嬉しいです。」


少女はゆっくり振り返った。


「怒らないんですか……?」


「どうしてですか?」


「だって……。」


少女は俯く。


「せっかく来たのに……話せなくて……。」


その声は小さく震えていた。


マリアは静かに首を横へ振る。


「人に悩みを話すのは、とても勇気がいることです。」


「今日、その勇気を出してここまで来てくださった。」


「それだけで十分ですよ。」


少女の瞳が揺れる。


「だから。」


マリアは白薔薇へ目を向けながら微笑んだ。


「また来てくだされば、それだけで嬉しいです。」


少女は何も言えなかった。


ただ、その目には少しだけ涙が浮かんでいた。


「……また、来てもいいんですか。」


「もちろんです。」


「何度でも。」


「話したくなった時に、お話ししましょう。」


少女は小さく頷く。


「……ありがとうございます。」


その声は、先ほどより少しだけ柔らかかった。


少女は深く一礼すると、そのまま静かに庭園を後にした。


姿が見えなくなるまで、マリアは見送る。


その様子を遠くから見ていた葵が、小声で呟いた。


「話、聞けなかったね。」


しかし雅は静かに微笑む。


「今日、一番大事だったことはできたよ。」


「え?」


「また会いたいって思ってもらえた。」


瑠璃も頷く。


「相談って、答えを出すことじゃないものね。」


小百合も優しく微笑んだ。


「まずは安心できる場所になること。」


日和は腕を組みながら照れ隠しのように呟く。


「……マリアらしい。」


マリアは白薔薇が揺れる庭園を静かに見つめる。


(焦らなくていい。)


(この子の歩幅で、一緒に歩いていこう。)


白薔薇の香りが春風に乗って流れていく。


ルナとしての最初の相談は、まだ始まったばかりだった。

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