表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/10

静かな家

 家に帰り、扉を開けると、静けさが広がっていた。

 外とは違う、落ち着いた空気。


 奥へ進む。


 整えられた空間。

 余計なものは置かれていなく、広さがある分、余白が目立つ。


「おかえりなさい」


 振り向くと、母が立っていた。

 いつもと変わらず、姿勢が整っている。無駄のない動き。


 ――この人は、今の母だ。


 確かめるように、頭の中で繰り返す。


「ただいま」


 答えながら視線を巡らせる。

 

 いつも通り。

 変わらない配置。変わらない静けさ。


 一人分、足りない。


「今日も戻らないって」


 母が、先に言った。

 私が聞く前に。


「そうなんだ」


 驚きはない。いつものことだ。

 今の父は、家にいる時間が少ない。


 前の父も、そうだった。


 長く戻らないことも珍しくない。

 それでも、悲しくはない。


 ――そういう立場だから。


 自然と、そう理解している。


「忙しい時期なのね」


 母が静かに言う。

 誰に向けたものでもない、独り言のように。


「そうだと思う」


 簡単には動けない場所にいて、多くのことを抱えている。


 ――だから、帰らない。


 椅子に腰を下ろす。


 広い部屋の中で、音はほとんどしない。

 時計の針の音だけが、わずかに響く。


 時間は、ゆっくりと流れていた。


 母が向かいに座る。

 無理に会話を作ることはない。

 必要な分だけ、言葉を交わす。


「変わりはなかった?」


「うん」


「そう」


 短い会話。

 けれど、それで十分だった。


 沈黙は、重くならない。


「無理はしないようにね」


「分かってる」


 小さく頷く。

 それで、会話は終わる。

 

 余計なことは聞かない。言わない。

 それでも、ちゃんと成り立っている関係。


 少しして、立ち上がる。


 廊下を歩く音が、わずかに響いた。


 扉を開け、机の上を見る。


 いつもと変わらず、本が置かれている。


 開けない。


 今は、まだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ