握ったままの剣
夜の空気は、重い。
息を吸うだけで、胸の奥がざわつく。
それでも、私は歩く。
片手に剣を持って。
手に握ったそれを、何度も確かめる。触れていないと、落ち着かない。
大丈夫。これがある。
前の記憶もある。
怪物を倒すくらい、簡単だ。
――そう、思っていた。
足が、止まる。
前方。
暗がりの中に、2度目のそれを見つけた。
「いたっ……」
喉が詰まる。
怪物。
前も見た。知っているはずなのに。
実際に目の前にすると、体が動かなくなる。
冷たいものが、背中を伝う。
やらなきゃ。
そう思うのに、足が動かない。
視線も、外せない。
怪物は動かない。
こちらに気づいていないのか、ただそこにいるだけ。
それだけなのに。
怖い。
指先が震える。
それでも、ゆっくりと剣に手をかける。
――やってみれば、戦えるかもしれない。
そんな考えが、ほんの少し浮かぶ。
でも。
引き抜くことができない。
怖い。
そのとき。
「……っ」
影が、動いた。
息が漏れ、心臓が跳ねる。
「やば……」
声が、勝手に出た。
さっきまでの“できるかもしれない”なんて考えは、一瞬で消えた。
無理。
無理無理無理。
こんなの、どうすれば。
剣を握る手に力が入る。
動け。
戦え。
頭で何度も繰り返される。
分かっている。
でも。
体が、言うことを聞かない。
――無理だった。
意識の遠くで、声がした。
本の言葉。
意味なんて考えている余裕はない。
ただ、その言葉だけが強く残る。
無理。
それだけは、分かる。
「……っ」
息を吸う。
影がこちらに迫ってくる。
次の瞬間。
体が、勝手に動いた。
逃げる。
怪物と反対方向に、走る。
後ろも見ずに、ただ走る。
足音が響く。
呼吸がうるさい。
怖い。
追ってきている気がする。
確認している暇なんてない。
ただ前だけ見て、走る。
曲がる。
ぶつかりそうになりながら、また曲がる。
どこを走っているのか分からない。
でも、止まれない。
止まったら、終わる。
どこを走っているのか、分からない。
狭い路地を見つけ、飛び込む。
壁に手をつき、そのまま、しゃがみ込む。
息が、うまくできない。
音を立てたらきっと、くる。
呼吸の音が漏れないように、必死に口を押さえる。
心臓の音がうるさい。
どうしよう。
どうしよう。
全身から汗が止まらない。
時間が、やけに長い。
数秒なのか、それ以上なのか。
「……」
何も、来ない?
気配も、ない?
「……は……」
小さく、息を吐く。
助かったのか。
その実感が、遅れてくる。
安心して、力が抜けた。
下を向くと、手が震えている。
全身が、冷たい。
怖かった。
本当に。
戦うなんて、無理だった。
ゆっくりと立ち上がる。
足も、まだ少し震えている。
だが、見つかる前に行かなければ。
余裕などない。
ふと、手に持った剣を見下ろす。
抜いてすらいない。
悔しい。
――私は、まだ何もできていない。




