ある日本人30代後半(男)の場合 1
あの日はバイト先の飲み会帰り、たしか深夜2時くらいだった。
お盆前でどこも混んでいたが住宅地に入り、いつの間にか一人だけで歩いていた。
その日は流星群が観られる夜だったので空を見上げていた。
晴れの絶好な日で20分ほど数個の流れ星を見つけた。
思いつく限りの願い事を連呼しもう充分だと思ったその瞬間、突然オーロラのようにゆがみ瞬いた。
たぶん数秒ほどだったと思う。
酔っているせいかと思い目をこすっている間に夜空の星が増えていた。
まるでイルミネーションのように。
最初は気づかなかったが、月が2つあるように見える。
月といっているが雪だるまのように連なっている。
明るい星空に紛れてすぐにわからなかったが、あきらかに存在している。
不安になって近くに人がいないか探し始めた。
こんな深夜にいるはずもなく、ほどなくコンビニまでたどり着いた。
店内に客はいない、外国人風の店員が品出しをしていたのですぐに話しかようと思ったが、どう話しかけていいものか。
少しためらいつつも、できるだけ不審者に見られないように真面目に声をかけた。
「あの・・すみません、UFOのようなものが見えるんですが・・・確認してくれませんか」
店員は怪訝な顔を向け周囲を確認した。
「お客さん何言っているの?酔っているんですか」
「まあ酒を飲んできたのは確かだけど、空になんか見えるんですよね・・」
店員は僕と防犯カメラを確認し、ゆっくりと外に出て行く。
そして空を見上げた瞬間にゆっくりと振り返った。
「・・・・・・・」
「ですよね、なんかおかしいですよね?」
店員はすぐにスマホを取り出した。
僕もあわてて自分のを開いた。
ネット上では僕たちが見ている同じような画像が溢れていた。
少なくとも日本語サイトは混乱している。
深夜でこれだ、夜が明けたらどうなるのか。
僕は家に帰らず明るくなるまでここにいることにした。
コンビニなら人が集まるだろう。誰でもいいから共有してくれる人は多いほどいい。
店員は仕事が残っているのだろう、なにかしら作業に戻っていった。
相変わらずネット上は騒いでいるが、何か被害があったわけじゃなく、災害のように緊急速報が流れてくることもなかった。
それから他に客が来ないまま朝を迎え、いつもの朝が始まった。
ネット上も昨夜のことを検証しているようだが結局よくわかっていない。
時間ばかり過ぎても意味が無いと思い、とりあえず部屋に帰って寝ることにした。
なぜか足が軽く感じるけど気にしなかった。
少し安心したからだと思っていた。
早朝だからなのか、道すがりの人々は特に騒いでいるわけでもなく普段の日常にしか見えなかった。
皆、夜が明けてから起き出したのだろう。
空もいつのまにか曇りになっている。
蒸し暑さを感じ、少し早いが昼に目覚め、いつものようにスマホを開く。
すると昨夜と同じようになっていた。
どうも今の時間に夜になっている地域のようだ。
画像は全く同じに見える。月もそうだ。
ただ日本と異なり、太陽が沈んでも昨日までの夜と異なる空が現れたことに困惑している。
僕はその瞬間を知っているが、世界中で同じ現象になっていたことに安堵した。
だけどこの不安感は?
昼だけどやたらと暑く感じるし、何か空気に違和感を感じる。
時間が経つにつれ世界中の情報が集まってきた。
アメリカの東海岸が急激な寒波で一日中雪が降り、しかも気温がマイナス50度になっていると。
同じようなことがインド近辺で起きて、海水が凍っていると。
南極の気温が急上昇し氷が溶け始めたと。
北極の氷は薄くなり、グリーンランドは地表が広がっていると。
科学者が言うには「南北が東西になった、つまり磁極が90度傾いた」と。
北極南極が赤道になったという。
日本列島も赤道近くになっていると。
予測されることは海水面の上昇が始まっているので、いずれ海抜50メートルくらいまでの平地が水没してしまうだろうと。
全てのインフラと経済あらゆるものが一気に壊滅するだろうと。
このあたりも浸水するようだ。
僕はすぐさま現金を下ろすのと食料品を買うため部屋を出てコンビニへ向かった。
街中ではすでに銀行とガソリンスタンドが混雑していた。
コンビニも混んでいたが、キャッシングはさほど並ばなかった。
客の多くは煙草と弁当やパン、ジュースばかり買っているようだが、僕はチョコレートをあるだけ買い占めた。
2日目の夜、やはり空は異常だった。
単純に輝きが増してきれいになった夜空。
冷静に受け止められている人はどれだけいるのだろか。
僕のように瞬間を目撃したほうがまだましだったかもしれない。
夢の中にいるのか死後なのか。
世界では終末の前兆で救世主が現れるからお迎えの準備を始めなければとか、あらゆる宗教が騒いでいる。
その中でも日本人の多くは案外と冷静というか、災害慣れで鈍感になったからなのか、最適な行動をそれぞれが行っているように見える。
翌日の昼に予告された政府発表があった。
国内の発電所が水没しはじめ、送電が停止すると。
ぎりぎり延びても12時間後には停電になると。
地方の陸上風力発電と地熱発電は稼働できるが都市部までは賄いきれない。
災害で長期間の停電を経験した日本人は少なくないが、無期限でしかも平野部の水没が同時という。
政府は最後にこう宣告した。
「日本は解散します。それぞれ国民一人一人頑張って生きていってください。」
無責任のほどがあるが、誰も責められない。
沿岸部の国民は住処と仕事を奪われ、目的地も決めぬまま避難しはじめた。
車はガソリンが切れるまで、その他は徒歩で。
僕もそれらの情報を確認し、すぐさま避難をはじめた。
背負っているバックパックに下着とサバイバルナイフに折り畳みノコギリ。
ロープに布。2リットルの水2本、チョコレート、それと小瓶に塩。
気温が高く衣服の少なさが幸いした。
だけど暑いので水分は多めに用意したが重い。
スマホは充電を満タンに電源を落とした。
そして線路沿いをひたずら歩き始めた。
電車が来ないなら平坦な道が続くうえに、途中の駅が休憩するには最適だと考えたからだ。
道中いろんな思いが浮かんできた。
ここ数年、特に新型ウイルスが猛威してからというもの、世界は混とんとしていた。
日本はその中でも比較的マシというのか、戦争が起こらず災害もなかった。
しかし肌感覚的にもヤバイという思いを皆が抱えている。
10年20年後は今より生きずらくなっていることは確定している。
少なくとも人口は減る一方、インフラの耐用年数は限界なのに改修は間に合っていない。
物価は上昇しまくり、富裕層の世界だけで経済が回っている。
日本人に限らず、人類全てが自然消滅するのも時間の問題だろうと。
それが100年後か200年後か。
生まれてきたから、死なないから生きている。
空が異常になっても、これ以上悪くなりようがない。
むしろ、今回のことは人類が平等になるチャンスなのでは。
電気のない生活は野生動物と大差ない。
つまり地球上のあらゆる生物と同等となり、生存競争が始まったということ。
人類がこれまで築き上げた文明は野生動物を退けて、都合のいいの地球をつくった。
都会では虫やネズミ、カラスは忌み嫌われ。
田舎では熊や猪を排除し。
売れる作物だけを生産し。
生物界の頂点に立とうとした。
それが今や自然界の中では最弱なのではなかろうか。
地球が転移するたびに頂点に君臨する生物種が現れたのでは。
恐竜だったりもそうなのでは。
だとすると、これからの地球はどうなっていくのだろうか。
惑星として地球は残り50億年は存在できるらしい。
でもそれは以前の太陽と銀河系だった時の話。
今回の出来事をできるだけ記録に残していくことだけが生きていた証なんだろう。
古代文明の進行形で現代を生きる僕たちなんだから。
続く




