99、絶望の到来
ガルムが低く唸る。
胸の奥がざわつく。
嫌な予感が、確信に変わりかけていた。
「……アシュリーたちが向かった方角だ」
ソレンディルの声も、いつになく硬い。
距離が縮まるにつれ――
その“異常”が、はっきりと姿を現した。
広場を中心に、建物は無残に崩れ落ち、
石壁は砕け、窓ガラスは粉々に散っている。
瓦礫と粉塵。
焦げた地面。
そして――人影。
生きている者も、そうでない者も、区別がつかない。
二人は同時に降下した。
地面に足が触れた瞬間、焦げた空気が肺に入り込む。
「アシュリー様ぁ……!」
かすれ、途切れそうな声が響いた。
「……リシェルだ」
ソレンディルが即座に反応し、視線を走らせる。
瓦礫の隙間に、片脚を引きずりながら立つ少女の姿があった。
「リシェル!」
二人は駆け寄る。
彼女の顔は血と煤に汚れ、瞳は焦点を失いかけていた。
「いったい何があったんだ?」
ガルムが問いただす。
だがその声には、怒りよりも――恐れが混じっていた。
「アシュリーはどこだい?」
ソレンディルは静かに、しかし確実に核心を突く。
その瞬間――
リシェルの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
両手で顔を覆い、肩を震わせる。
「アシュリー様は……っ」
言葉が崩れる。
「敵の……自爆から……私を庇って……」
その一言で、すべてが繋がった。
ソレンディルの表情がわずかに歪む。
ガルムは、ゆっくりと広場を見渡した。
(……生きていてくれ)
願いにも似た祈り。
「ソレンディル……探せるか」
「ああ」
短く答え、杖を地面に突き立てる。
目を閉じる。
喧騒が遠のく。
意識を深く沈め、広場全体に広がる“エーテルの流れ”へと潜る。
瓦礫の下、煙の中、血の匂いの奥――
わずかな“生命の灯”を探す。
呼吸を整える。
雑音を排除する。
そして――
暗闇の中に、微かな光が瞬いた。
「……いた」
目を開く。
「あっちだ!」
ソレンディルは走り出した。
ガルムは迷わずリシェルを抱き上げ、その後を追う。
脚の痛みなど関係ない。
今は一刻を争う。
広場の東側――
瓦礫が山のように積み重なっている場所で、ソレンディルは立ち止まった。
「この中だ」
息を切らしながら言う。
ガルムはリシェルをそっと地面に下ろした。
「下がってろ」
短く告げる。
ソレンディルが魔法を展開する。
瓦礫がゆっくりと宙に浮き、次々と除去されていく。
重い石材、折れた梁、砕けた壁――
その下を、ガルムが手で掘り進める。
指が血で滲む。
それでも止まらない。
「……っ!」
ガルムの手が止まった。
「見えた!」
瓦礫の隙間から、金属の光。
――鎧。
アシュリーのものだ。
一気に掘り起こす。
引きずり出したその身体は――
あまりにも、静かだった。
「アシュリー!」
ソレンディルが即座に治癒魔法を発動する。
緑の光が、柔らかく、しかし力強く包み込む。
鼓動は――ある。
だが、弱い。
そして。
その身体を見た瞬間――
時間が止まった。
両脚が、なかった。
爆風によって、失われていた。
リシェルの呼吸が止まる。
視界が揺れる。
現実を受け入れきれない。
「リシェル!」
ソレンディルの鋭い声が響く。
現実に引き戻される。
「はいっ!」
反射的に応じる。
「治癒魔法を!私は再生に入る!」
「……はい!」
震える手で魔力を集める。
涙をこらえながら。
二人の魔力が重なり、アシュリーの身体に流れ込む。
命を繋ぐために――
その時だった。
影が、地面を覆った。
空気が変わる。
ガルムが反射的に顔を上げる。
空――
そこにいたのは、巨大な存在。
成竜。
黒い鱗に覆われた巨体が、街の上空を悠然と旋回している。
圧倒的な威圧感。
呼吸すら重くなる。
「……くそ……」
ガルムの喉が鳴る。
「このタイミングで……最悪だ」
即座にバスターソードを構え、火焔のマナを叩き込む。
「――行け!」
火焔風が空を裂く。
『ズバァッ!』
炎の刃が竜に直撃する。
だが――
竜は、まるで気にも留めない。
ただ、旋回を続ける。
「効いてねぇ……!」
歯噛みする。
距離が遠すぎる。
威力が足りない。
その間にも、騎士団が動き始めていた。
兵舎から次々と兵が出て、陣形を組む。
弓兵、魔法使いが空へ照準を合わせる。
だが――
竜は、ゆっくりと口を開いた。
その奥に――
赤い光が灯る。
脈打つように、強くなる。
――嫌な記憶が蘇る。
港での戦い。
あのジャイアント。
同じ光。
同じ“破滅”。
「……やめろ……」
ガルムの声が、かすれる。
視線の先には――
動けないソレンディルとリシェル。
そして、瀕死のアシュリー。
(間に合わねぇ……)
理解してしまう。
(守りきれない――)
その絶望が、胸を締め付けた。




