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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
100/103

100、奇跡


次の瞬間――


レギオン区全域に、鋭い鐘の音が鳴り響いた。


カン、カン、カン――!


乾いた金属音が夜気を裂き、街の隅々まで警戒を伝えていく。


兵舎の扉が一斉に開かれ、騎士たちが雪崩のように飛び出した。

鎧の擦れる音、怒号、指揮の声。


彼らは上空を見上げ――そして、凍りついた。


空を覆う巨大な影。


成竜。


あまりにも巨大なその存在に、誰もが一瞬だけ言葉を失う。


だが次の瞬間には、訓練された動きが始まっていた。


盾兵が前へ。

その後ろに魔法使い、さらに弓兵。


瞬く間に陣形が組み上がる。


恐怖を押し殺し、規律がそれを上書きする。


その動きは見事だった。


――だが。


「……それじゃ、被害が増えるだけだ」


ガルムは低く呟いた。


その布陣では――

“あれ”は止められない。


(どうする……)


拳が震える。


(何ができる……?)


戦場で初めて、思考が鈍る。


迷い。それは、死を呼ぶ。


「大丈夫かい」


振り返りもせずに、ソレンディルが静かに問いかける。


その声は、不思議なほど落ち着いていた。


「……問題ねぇ」


ガルムは短く答えた。


そう言うしかなかった。


その時――


竜の口内で、赤い光が膨張した。


濃く、重く、脈動する破滅の兆し。


ガルムの視界に、最悪の未来がよぎる。


(来る――!)


彼は咄嗟に前へ出た。


巨大な盾を広げ、ソレンディルとリシェル、そして動けないアシュリーを庇うように立ちはだかる。


「――来い!」


叫びと同時に。


閃光が走った。


竜の口から放たれた災厄の光――


それが、街へ降り注ぐ直前。


パァンッ!


空間が弾けた。


純白の光が、空一面に広がる。


透明な壁のように、それは展開され――


竜の攻撃を、完全に弾き返した。


「……な、なんだ……?」


ガルムの口から、呆然とした声が漏れる。


信じられない光景。


あの破滅の光が、触れることすら叶わず、消し飛ばされた。


「……助かった……のか……」


広場も、街も――

無傷だった。


騎士団の間にざわめきが広がる。


恐怖と、困惑と、そして――わずかな希望。


その時だった。


「ガルム!ソレンディル!無事ですか!」


よく知る声が、空気を震わせた。


「……エルドリン!」


ガルムが振り返る。


そこに立っていたのは――


重装備に火炎を防ぐ赤いマントをはためかせた剣士。


エルドリン・ファルコン。


「遅くなりました」


静かに、しかし確かな声音。


「いや……今のは最高のタイミングだ」


ガルムは息を吐く。


「あの光はなんだ?」


「あれは――エーテルリウムの奥義、《聖域結界》です」


淡々と答える。


「安心してください。この場は守られています」


エルドリンはそう言うと、すぐに視線を落とした。


そこには――


倒れたアシュリー。


その身体に必死に魔法を注ぐソレンディルとリシェル。


エルドリンはゆっくりと歩み寄り、

彼の傍に膝をついた。


そっと胸に手を当てる。


鼓動を確かめる。


静かに、目を閉じた。


そして――


「……二人とも、詠唱を止めてください」


その声は、あまりにも静かだった。


「アシュリーは――このままでは助かりません」


残酷な宣告。


「エルドリン!!」


「アシュリー様!!」


ソレンディルとリシェルが叫ぶ。


涙が溢れ、感情が崩壊する。


ガルムもまた力が抜けて、その場に崩れ落ちた。


膝が地面に叩きつけられる。


――駄目なのか。


その絶望が、全員を覆いかけた。


だが。エルドリンの表情は、微動だにしなかった。


「ソレンディル」


静かに語りかける。


「以前、あなたは私に聞きましたね。エーテルリウムに“蘇生魔法”があるのかと」


その言葉に、ソレンディルの呼吸が止まる。


エルドリンは、ゆっくりと手を掲げた。


次の瞬間――


白い魔法陣が展開される。


アシュリーを中心に、直径二メートルを超える巨大な円。


幾重にも重なる複雑で美しい紋様。


神秘そのものの輝き。


「――リザレクション」


言葉が発せられた瞬間。


光が四方に爆ぜた。


アシュリーの体内に残されたエーテルが共鳴し、一本の光の柱となって天へと伸びる。


誰もが、息を呑む。時間が止まる。


光はやがて収束し、静かに――彼の身体へと戻っていく。


鼓動が戻る。呼吸が整う。


失われたはずの生命が、そこに戻った。


エルドリンは確かにそれを感じ取った。


「……もう大丈夫です」


穏やかに言う。


「アシュリー、起きられますか」


そっと上半身を支える。


まぶたが震え――


ゆっくりと、開いた。


「……エルドリン……?」


かすれた声。


「どうして……ここに……?」


状況を理解していない。


記憶は、爆発の直前で止まっている。


「リシェルは……無事ですか……?」


その言葉を聞いた瞬間。


「アシュリー様ぁ……!」


リシェルが崩れるように駆け寄り、抱きついた。


泣きながら、何度も名前を呼ぶ。


生きている。確かに、ここにいる。


その奇跡を、全身で確かめるように彼女は幾度もその名を呼んだ。


ソレンディルは、その光景をただ見つめていた。


そして、震える声で呟く。


「……本当に……あったんだ……」


目に涙を浮かべながら。


「蘇生魔法は……存在したんだ……」


目の前で起こった2つの奇跡にガルムは「運命」を打開することが、出来るのではと思った。

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